光の裂け目に着いた由乃は、迷うことなくそれに手を伸ばす。裂け目からはずっと響の声が聞こえていて、光に手を伸ばせば、必ず響の元に行ける、とそう信じたられからだ。
 眩い光の中、凄まじい力で引き寄せられた由乃は、一瞬で終着点に着いた。今まで軽かった体が重力を持ち、生を実感する。この世に戻ったことを感じながら、ゆっくりと瞼を持ち上げると、目の前に悲痛に顔を歪めた響を見た。その頬は煤け、髪はくしゃくしゃで酷い有様だが、由乃と目が合うと、ほっとしたような安堵の笑みを溢した。

「由乃! ああ……よかった……よかった……天よ、感謝する」
「き、響さ……ごほっ!」

 喋ろうとして咳き込んだ。空気を吸うと、喉に微かな痛みがある。そのせいで、上手く声が出せなかった。

「ああ、そうか。煙で喉を傷めたのだな。待っていろ、医者を呼んで薬を処方してもらうからな! 絶対に動くなよ?」

 早口で捲し立て、響は疾風の如く部屋を出て行く。由乃は、呆気にとられつつも、響の優しさに胸を打たれていた。また、自分が寝ているのが響の部屋で響の寝台だと気付き、恥ずかしさが込み上げた。
 そのすぐあと、ヨネと鳴、そして成子が部屋にやって来た。由乃が目を覚ましたと響から聞いて、入室許可をもらい駆け付けたらしい。喉を傷めて声が出せないことは、響から聞いていたようで、三人とも質問や問いかけを極力避けていた。そして何事もなかったかのように着替えを手伝うと、由乃が疲れないようにと足早に去っていった。女性たちが部屋を出て行くと、入れ替わりに今度は厳島と奏が来た。彼らも安堵の表情を見せ「無事でよかった」と由乃に声を掛けてくれた。
(みんなに迷惑をかけてしまったわ。私がもっと気を付けていれば、攫われなかったかもしれないのに。響様だって、お忙しい身でありながら……あ! そうだわ! 華絵さんと佐伯さんのことを伝えないと。先日の暴走馬車や化学薬品工場の爆発火災は、あの人たちの仕業だと!)
 とは思ったが、今由乃は声が出せない。上手く伝えることも出来ないだろう。考えあぐねていると、響が戻って来た。彼の後ろには初めて見る男性がいる。年は響と同じくらいで、ひょろりと背が高い。革の大きな鞄を持っているのを見て、この人がお医者様だろう、と由乃は思った。