「お母様⁉」
「由乃、大きくなったわね。会えて嬉しいわ」
「わ、私もです。でも、どうして? これは夢でしょうか?」

 亡くなったはずの母は、当時のまま美しく、気品に溢れていた。そんな大好きな母が、変わらぬ姿で立っている、これは死ぬ前に見る夢に違いない、と由乃は考えた。しかし、美幸はゆっくりと首を横に振った。

「いいえ。ここは三途の川の此岸。あの世とのこの世の境目よ。私はあなたを彼岸に渡らせぬためにここに来たの」
「で、でも、私は死んだのでしょう? 彼岸以外に行く場所はないのでは?」

 由乃には帰り道がわからない。彼岸に渡る舟は見えるが、他のものはなにも見えないのだ。すると、美幸は微笑みながら由乃の背後を指差した。

「そんなことはないわ。ほら、御覧なさい。彼方に光が見えるでしょう?」
「え? あ……」

 振り向いた由乃は、遠く彼方に虹色の裂け目があるのを見た。裂け目からは光が溢れ、誰かの叫び声が漏れている。熱く激しく、しかし、切なく懇願するような声は由乃の名を呼んでいた。

「あそこに行くのですか?」
「ええ、そうよ」
「で、でも、まだ私、お母様とお話を……」

 もう二度と会えないと思っていた母と会えたのだ。もっと話をしたいと思うのは当たり前のこと。しかし、美幸は難しい表情をした。

「由乃、残念ながら時間がないの。私が今回此岸に来たのは特別な事情があったから。ここに留まれる時間はほんの少しよ」
「そうなのですか……」
「悲しんでいる暇はないわ。さあ、お行きなさい。川の船頭は短気なのです。そろそろ、力ずくで舟に乗せようとしてきますよ」
「えっ……」