冷静に答えたが、響の気持ちも蜜豆と一緒だ。犯人がわかったら、その者の命を奪ってしまうかもしれない。それほど、憤慨していたのだ。
 白玉と蜜豆が去ると、響は鬼神化を解き、由乃を抱えて走り出した。廃工場を抜け、通りに出て、人力車を呼び止め乗り込む。途中、陸軍の施設内にある病院に飛び込み、帰ろうとしていた馴染みの軍医の首根っこを掴んで診察を強要した。

「どうなんだ? 橘! 由乃は、大丈夫なのか? ちゃんと目覚めるのか?」
「なんとも言えないね」

 軍医の橘は困ったように首を振る。

「やるべき治療は済ませたよ。幸い発見が早かったから、喉も焼け爛れていないし、気道も確保されている。だが、煙を大量に吸い込んだ可能性があり、脳に損傷を与えているかもしれない。このまま目覚めなければ、酷なようだが、寝たきりになる可能性も……」
「ならない可能性もあるだろう?」
「もちろん。ただ、今は様子をみるしかない」
「……」

 その後、響は馬車を手配して由乃を多聞邸に運んだ。邸では、話を聞いた鳴や奏、厳島と成子、そしてヨネが青ざめた表情で待っていた。響は由乃を抱え、黙ったまま通り過ぎる。そして、真っ直ぐ自分の部屋へと向かい、由乃を寝台に横たえた。
 響は由乃の頬を寝台の側に置かれた手ぬぐいで綺麗に拭く。煤けて黒くなっていた頬は、やがて本来の白さを取り戻した。しかし、その肌は驚くほど冷たい。失われてゆく体温が、響の不安を掻き立て、最悪の結末が頭を過る。だが、由乃の身の内の花は、弱いながらも、まだ輝きを保っていた。
 それが、響の唯一の希望であった。