(よかった、今回もお弁当は好評のようね。仮設住宅の住み心地もいいみたい。早く帰って、鳴様に教えて差し上げないと)
 手紙を読み終え、顔を上げると、辺りは薄暗くなっていた。そのせいだろうか……周りが知らない風景に見えたのは。……いや、そうではない。河原のせせらぎも、大通りの喧騒も聞こえない。由乃の目に映るのは、廃工場が立ち並ぶ寂れた工場地帯だ。

「ここは、どこですか? 多聞家に向かっているのではないのですか!」
「…………」
「ちょっと、止めて! 止めて下さい!」

 由乃は人力車から飛び降りようとした。しかし、思ったよりも速度が出ていて、躊躇してしまった。

「いきなり立ち上がったらケガするぜ?」
「あ、あなた、車夫ではないのね! 誰なの? どうしてこんな……」
「おっと、大人しくしてな。でないと、今度は捻挫くらいじゃすまないかもな」
「今度は……? え? ま、まさか……そんな、まさか……もしかしてあの馬車の暴走は……」

 響から、事故ではなく事件の可能性もある、と聞かされていた。故意に成子と由乃を狙ったのかもしれないと。しかし、由乃は半信半疑であった。ふたりを狙って得をする人などいないし、現実的じゃない。事故だと思うほうが自然だからだ。だが、車夫を偽った男の言動で、響の言ったことが正しかったと知った。
(ああ、身辺に気を付けるようにと、言われていたのに……。工場に行くだけだからと、蜜豆様と白玉様の護衛も最近は断っていたわ。なんてこと……私が楽観視したばかりに……でも、どうして私を? なんの意図があって?)