あれ、とは翡翠会館で食べた「クロケット」のことだ。刻んだ野菜や魚を、ベシャメルソースという白く濃厚なソースと合わせて成型したのち、パン粉の衣を付けて油で揚げたものである。その時、あまりの美味しさに驚いた由乃は、鳴の伝手で料理人にレシピを聞くことが出来たのだ。しかし残念ながら、工場には同じ食材がないので、クロケットは作れない。だから、中身をジャガイモにして、揚げてみたら美味しくなるかもと考えたのだ。ジャガイモを茹でて潰して、塩胡椒で味付けし、成形し衣を付けて揚げる。考えるだけでも美味しそうだ。
(揚げたてが一番美味しいのだけど、ジャガイモに下味をしっかり付ければ、冷めても案外いけると思うわ。うん、これしかない!)
 手順を説明すると、芋クロケット作りに取り掛かる。工程は単純なので、従業員の女性たちもすぐに覚えて動いてくれた。これなら家庭でも作れるわ、とか、子どもが喜びそうね、とか。みんな楽しそうに作業をしていた。

「助かりました。これで夕食分のお弁当は間に合いそうです。芋クロケットはこれからのお弁当の定番になるかもしれませんね!」

 手ぬぐいで汗を拭きながら臼井が言う。難題を乗り切った臼井と由乃は、仕事を終えて事務所に帰ってきた。

「そうですね、簡単で美味しいし、食感も今までにないものですから」
「きっと、国民的料理になるのではないでしょうか! 私、そんな予感がしますよ」
「ふふ。その予感が当たるといいですね。あ、もうこんな時間だわ。ではこれで失礼します」