「それでは、また、通用門の外でお待ちしております」

 工場の玄関前で人力車を止め、車夫は微笑んだ。由乃は頷いて答えると事務所に歩みを進めた。覗いてみると、臼井はいなかった。この時間なら工場のほうだろうかと移動してみると、なにやら人が多く集まっている一角が。従業員の女性たちと、臼井だ。彼はどこか困っている風に見えた。

「こんにちは、臼井さん」
「おお、由乃さん。あ、献立を持って来てくれたのですね。ありがとうございます」
「ええ。はい。あの、なにかあったのですか?」
「そうなのです、実は……」

 臼井が言うには、夕食のお弁当に入れる予定の魚が、発注の間違いで届かなくなってしまったらしい。帝都内にある他の魚屋に連絡を入れてみたが、どこも朝方に売り切れてしまって、困り果てているのだとか。

「夕食の主菜は鯖の塩焼きでしたよね? その代わりに、なにを入れるかで困っていたのですか?」
「ええ。しかし、余っている食材がジャガイモしかなく……イモでなにを作ろうかと、みんなで話し合って……あ……そうだ! ちょうどよかった。由乃さん、考えて下さい、今、すぐに!」
「ええ、もちろんいいですよ!」
「ま、まさかの即決、そして快諾っ! ありがとうございます」

 そう言って臼井は深々と頭を下げた。周りの従業員たちも安堵した様子で笑顔になる。由乃は女性たちが着ているのと同じ割烹着を借りて、工場の厨房に立った。
(ジャガイモが沢山あるなら、「あれ」を応用して新作が出来るかもしれない)