週に一度、献立を工場に届けるという約束を臼井と交わしている。他の人に頼んでは? と厳島もヨネも言ったが、由乃は自分が行きたいと言った。新しい料理の作り方を教えたり、お弁当が仕上がる工程を見たりするのが、ちょっとした楽しみになっていたからだ。

「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ。もう車夫は玄関前に着いておりましたよ」
「そう、じゃあ、行ってくるわね」

 厳島に外出する旨を告げると、由乃は人力車に乗り込んだ。

「今日は桜、どうでしょうね?」

 走り出しながら車夫が言う。先日川沿いの桜は五分咲きになっていた。ここ最近の陽気から考えると、あと数日もすれば満開近くまでいくだろう。そういった話を、車夫と交わしていたのだった。

「いい感じになっていると思うわ。満開の桜ってとても綺麗だけれど、私、その過程がとても好き。咲いていく時の生命力の強さが」
「生命力、ですか。ふうん、オレにはよくわからんですが、確かに満開になったらあとは散るだけだからなあ。そう思うと、ほんとは今が一番美しいのかもしれません」

 由乃と車夫は、とりとめのない話をしながら工場を目指す。途中の桜は、やはり満開手前の八分咲きといったところだった。