「これは……なんていうか。上手く感情を言葉に出来ないな」
「それはいい意味ですか、悪い意味ですか?」
「もちろんいい意味です! とても美味しいのです、それも驚くほどね。しかし私は、そういう感情的な言葉ではなく、専門的な言葉を探して……ああ、そう、そうです! ちょうどいい具合に発酵している、とでもいいましょうか、とにかく今まで食べたどの糠漬けより、濃厚な気がします」
「は、はあ……」

 ぴったりの言葉を探し当て、すっきりした表情の臼井とは逆に由乃は首を捻った。彼女は専門的なことは知らない。ちょうどいい具合に発酵している、と言われてもよくわからない。ヨネの行動を見様見真似で覚え、なんとなく改良しただけ、なのだから。

「とにかく、これはお弁当に加えますね。火災に巻き込まれ、途方に暮れている方たちの、沈んだ気持ちも晴れるかもしれない」
「そうなればいいですね」
「ええ、本当に」

 由乃と臼井は神妙な面持ちで頷き合った。突然の火災に、家財を失った人たちの憔悴は計り知れない。お弁当には、彼らを少しでも元気づけたいと思う願いが籠っているのだ。
 その後、せっかく来たのだからと工場内を案内してもらい、各部門長に挨拶を済ませた由乃は、待たせていた人力車で帰路に就いた。時刻は四時五分前。多聞家の夕餉の時間には間に合いそうでほっとした。
 多聞家に着くと、笑顔のヨネが出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ。どうでした? 献立は気に入ってもらえましたか?」
「ええ、上々よ。献立も糠漬けも褒められたわ! ヨネさんのお陰ね」
「いいえ。私などなにも。由乃様のお力ですよ」
「ふふ。ではふたりの力ということにしましょう」

 由乃は車夫に礼を言うと、ヨネと共に館内に入った。そして、いつものように夕餉の支度をし、主人たちの帰りを待つ。鳴に献立を届けた件を告げ、奏と響に工場の最新鋭の設備の話をする。みんな、興奮した由乃の話を興味津々で聞いてくれた。
 しかし、由乃にはひとつ、心配事がある。ヨネと熟考したお弁当を、みんなは美味しいと思ってくれただろうか? お弁当の第一号は、すでに工場で作られ、被災者に届けられている頃だ。果たして反応は……?
 その日、由乃は気を揉みながら、眠りについたのであった。