「これでいいかしら?」
「ええ。とても美味しそうですよ。でも由乃様、いつの間に西洋の料理を勉強したのですか?」

 由乃は、お弁当の献立の主食を洋食、和食と交互に取り入れた。これは味に飽きないようにとの工夫でもあったが、翡翠会館の一流料理に感動したからでもあった。

「この前、響様と鳴様に翡翠会館へ連れて行ってもらったの。そこで、一流の西洋料理を片っ端から食べて味を覚えたのよ!」
「あらまあ! さすがでございますね! 昔から由乃様は一度食べた物の味を再現するのが得意でしたもの」
「ふふふ。多聞家でも何回か挑戦して、美味しいとお墨付きをもらっているから、自信はあるわ! 作り方も詳しく書いておいたし……あ、じゃあ私、工場に向かうわね。もうすぐお昼になるけれど、蜜豆様と白玉様の食事、厳島さんの賄いをお願い出来る?」
「はい、承知いたしました。お任せを」

 微笑むヨネに頷くと、由乃は玄関に向かった。そこにはすでに厳島が手配した人力車があって、側には年配の車夫が立っていた。

「お待たせしてごめんなさい。こちらの住所に連れて行って欲しいのですが」

 由乃は厳島が持たせてくれた工場の住所が書かれた紙を渡す。

「へい。そんなに離れていないようなので、ニ十分もあれば着きます。さあ、手をどうぞ」
「ありがとう」

 車夫の手を借りて人力車に乗ると、由乃は工場へ向かった。日中の日差しは柔らかく、春の気配が漂う風が心地よい。川沿いを行くと、一分咲きの桜が等間隔で並んでいて、やがて来る満開の時を待ち構えているようだった。
 車夫の言った通り、人力車はニ十分ほどで工場に到着した。玄関前に車を付けてもらい、待っていてもらうようにお願いすると、由乃は建物内に入った。