一瞬の静寂ののち、ふたりは顔を見合わせて笑った。

「俺が、なにか気に入らないことを言ったか?」
「気に入らない、というわけではありません。ただ、怪我をしたにも拘わらず、響様があまりにも冷静でいらっしゃるので、心配したこちらが馬鹿みたいだと」
「心配?」
「はい。目を閉じても眠れず、寝返りを打っても不安が募り……だから、眠るのは諦めて、待っていようと思ったのです」

 そう伝えると、響は由乃をじっと見つめ返した。それから、絞り出すように喋り出す。

「由乃が怪我をした時、俺も同じように思った。言葉にならない焦りと不安。蜜豆から大事ないと聞いていたが、自分の目で確かめないことには、とても安心出来なかった」
「同じ……ですね」
「同じ……だな」

 ふたりは呟き、お互いの顔を見る。椅子に腰掛けているからか、今日はやけに視線が近い。手当てのために触れている由乃の指先と響の腕、触れ合う箇所が熱い気もする。
(同じ……響様と私の思いが同じということ? お互いを心配する気持ち、それって……)
 すると、食堂の時計がひとつ鳴った。二時半を知らせる鐘の音だ。由乃は思考を巡らせていたが、はっとして我に返ると、響の腕に手早く包帯を巻いた。そして、洗濯室から洗い立てのシャツを持ってくると響に渡した。

「汚れものは明日洗濯します。残念ながらシャツは廃棄するしかなさそうですが、他はなんとかなりそうです」
「ああ、世話をかける」
「あっ、そうだ。お腹は空いていませんか? 簡単なものを用意したのですけど」
「気が利くな。さすが由乃。夕餉の途中で飛び出したからな。腹は相当減っている」

 嬉しそうに笑う響に頷き返すと、由乃は厨房からおにぎりとお茶を持って来た。目を輝かせ、すぐにおにぎりにかぶりつく響は「うん、旨い!」と何度も繰り返す。料理を作って、誰かに美味しいと言われるのは嬉しい。でも、いつからか、響の「旨い」は由乃にとって特別になっていた。彼にそう言われると、ふわふわと心地よい気分になり、空も飛べそうな気がするのだ。
 この気持ちをなんと呼べばいいのだろう。奥手で、色恋に疎い由乃には、まだ理解が及ばない現象であった