「でも、あの……本当によいのでしょうか? 五分も経たずに採用だなんて」

 ヨネが恐る恐る言う。
 それもそのはず、由緒ある家の使用人は、それなりの紹介状を持ち面接を経て決定するものだ。こんなに簡単に決まることはまずない。ヨネの持っていた紹介状は、前の職場である蜷川家からのものでなく、民間の家政婦組合で発行されたもの。多聞家という大財閥で採用を勝ち取るには、少々信用が足りないのである。

「ヨネさんの人柄は私がいくらでも保証出来るもの。それに、多聞家の方々は心が広く優しい人ばかり。厳島さんや蜜豆様だって、ヨネさんの善良な性格を一目で見抜いたに違いないわ」
「我は見抜いたぞえ? この朴念仁はどうか知らんがの?」
「私が朴念仁なら、蜜豆様は唐変木ですね」
「にゃ、にゃんじゃとぅ?」

 蜜豆と厳島は、睨み合いながら静かな戦いを繰り広げている。愛らしい猫と怜悧な家令による下らない言い合いは、ヨネの心をぐっと掴んだようだ。口を押さえて「ふふふ」と笑みを漏らす彼女を、由乃はとても穏やかな気持ちで眺めていた。
 ずっとヨネのことが心の端に残っていた。あの地獄のような家に置いて来てしまったことが唯一の気がかりだった。でも、もうそんな心配はしなくていい。これからは、幸せだった時と同じように、いやそれ以上の輝く日々が待っている、と由乃の心は否応なしに躍った。