足が治るまで、由乃は響や多聞家家族に甘やかされまくりの生活を送った。
 厳島はもちろん、仕事で忙しい鳴も学校で勉学に勤しむ奏も、出来るだけ早く用事を片付けて由乃の側にいる。特に響は、憲兵隊の重要な行事や会議で遅くなる以外は、陸軍から直帰する日が続く。普段寡黙で仏頂面の中佐、そんな彼の行動に周りの人間が疑問を抱かないわけがなく。陸軍を始め巷でも、中佐の結婚は秒読みだと噂されるようになっていた。

「なにか、周囲のみなさんの様子がおかしいのですけど……」

 三週間ぶりに立つ厨房で、由乃は厳島に言った。

「様子がおかしい?」
「はい。いつも野菜を配達してくれる八百屋の高見さんとか、酒屋の尾高さん。他にも多聞家に出入りする人が変にニヤニヤして私を見るのです……どうしたのでしょうか」
「ああ。気にすることはないですよ。きっと例の噂が出回っていて、その件の情報を得たいのでしょうね」
「例の噂……響様の想い人が私、っていう馬鹿げた話ですね」

 由乃はため息を吐きながら答えた。