「泣くほど旨いのか! それは作った甲斐があるというものだ。よし、昼も夜も期待しておけ。もっと旨いものを食わせてやるからな」
「昼も……夜も? 響様、お仕事は?」
「今日は休みだ。さあ、そんなことより、たくさん食べろ。そして、食事が済んだら中庭に行こうな。動くなとは言っても、少しは陽の光を浴びたほうがいい。昨日椿が咲きかけていたのを見たから、今日はもう咲いているかもしれないぞ!」

 窓の外を指差しながら響が言う。泣く子も黙る鬼神様、鬼の憲兵隊中佐が、庭の椿の開花を、子どものようにはしゃいで告げる。そんな光景を誰が予想するだろう。少なくとも由乃はまったく予想していなかった。しかし、その差がまた、響の魅力を増しているとも思った。

「ふふっ。楽しみです。そうだ、成子様はどうされましたか?」

 昨日の夜、響と共に部屋から去ってから、一度も会っていない。今朝も、蜜豆や響の話に上がらなかったことを不思議に思っていた。

「彼女は昨日の夜、実家に帰ったよ。由乃に助けられたと感謝していたぞ」
「助けるなんて……無我夢中でしたことですので。でも、成子様とは、もっとお話ししたかったです」
「落ち込むな。また来ると言っていたから、そのうち会えるだろう」
「また来る……そうですか。はい。では待つことにします」

 年の近い友人のいなかった由乃にとって、成子は唯一それに近い存在である。立場は違えども、成子の気さくさやはっきりとした態度に、由乃はとても好感を持っていた。
 由乃は響に微笑み返すと、朝餉の続きを堪能する。側では、すでに朝餉を食べ終えた蜜豆が、身だしなみを整え終え、うーんと伸びをしている。こんなにのんびりとした幸せな朝はいつ以来か。両親が生きていた頃の満ち足りた気持ちを思い出しながら、由乃は再度嬉し泣きしそうな気持ちを必死で抑え、食事を楽しんだ。