朝四時。
 由乃はいつもの時刻に目を覚ました。支度をして厨房に向かわなくては、と体を起こし足を動かすと激痛が走る。その痛みで、怪我をしていたことを再認識した。
 ふと目を落とすと、由乃のすぐ側に蜜豆が、寝台の下のラグの上に白玉が、体を横たえて眠っている。由乃はふたりを起こさないように、もう一度横になった。昨夜響に家事をするなと言われている。手は動かせるから大丈夫だ、と言ってはみたが、響に却下されたのだった。
 使用人として必要とされなければ、自分に価値などありはしないのに……そう考えつつ、由乃は昨夜の響の行動を思い浮かべていた。
 大阪から、鬼神化し瞬時に帰宅した響。一瞬にして目の前に現れた彼は、金色に輝く美しい神姿だった。金色の瞳に、額から伸びた一本角。鬼神は神であるが、悪鬼を退治する最強の存在として天帝に作られたと聞いている。父徳佐による寝物語の存在を目の当たりして、由乃の興奮は高まった。
 鬼神化していても、響が由乃を見つめる瞳は、恐ろしいものではなかった。それどころか、慈しむように優しく、心配で堪らないという気持ちに溢れていた。響の由乃に対する気持ちが、同情だというのは彼女にもわかっている。しかし、あんなに熱の籠った瞳で見つめられると、勘違いをしてしまいそうで怖かった。いや……勘違いをしたところで、どうにもなりはしない。由乃はもう一度目を閉じた。無駄なことを考えるのは止めて、響の言葉通り、休んで回復に努めよう、そう思ったのである。
 しばらくして目を覚ますと、もう朝日が差し込んできていた。

「起きたかの」
「蜜豆様……今、何時頃でしょうか?」
「七時半くらいじゃな」
「え⁉ああ、寝過ごしてしまいました……」

 いまだかつて、こんな時間まで寝ていたことはない。いくらゆっくりしろと言われたとはいえ、あまりにも怠惰。慌てて起き上がろうとすると、蜜豆が片手で制した。

「よいよい。一切の家事をするなと言われているじゃろう?」
「でも……厳島さんだけじゃ大変ですから」
「厳島だけではない。食事は奏と鳴が手伝っておる。まあ、味は保証しかねるが……」
「まあ! そんな……私、寝ている場合では……」