一九〇二年。F県、本郷郡某所、蜷川邸の一室にて。

「ねえ、お父様。また鬼神様のお話、聞きたいな」
「由乃はその話が好きだな。一昨日も聞かなかったか?」
「うん。でも、今日も聞きたいの! お願い、お父様!」
「仕方ないな。じゃあ、これを聞いたら、ちゃんと眠るんだよ?」
 
 少女は頷いた。しかし、瞳は輝いて爛爛としている。父親は軽く肩を竦めながら、何度も何度もした話を流暢に話し始めた。
 
 大昔、四人の鬼神が天帝より東西南北の守護を命じられた。
 彼らは悪鬼や妖怪、外敵から土地を守り、時に人の願いも叶えてくれる頼もしい存在であるが、普段は人の世に干渉はしない。
 ある時、ひとりの鬼神が人間の女性に恋をし、彼女と生きるために現身(うつしみ)を欲した。天帝はその望みを叶え、それにより鬼神は、現身に精神を宿し、愛する女性と生涯を共にすることが出来た。他の鬼神たちは、その行動を好奇の目で眺めていた。しかし、人になった鬼神と妻の幸せそうな彼の姿を見ているうちに、自分もその気持ちを知りたくなってしまったのだ。三鬼神は天帝に願い出て現身を作り出し、人間世界に溶け込み暮らすようになる。人の世で暮らす彼らは、大いなる力を存分に奮った。ある者は商売で財を成し、ある者は政の世界に踏み込み、時の権力者になった者もいた。そして、今世まで転生を繰り返し、密かに国と人を守護している。
 
「その鬼神様たちを助けるのが、私たちのお仕事なのよね!」
 
 眠る気配のない少女は、父親に言った。それも何度と繰り返された言葉だったが、父親は彼女の目を見て微笑んだ。