「暮人、ここって?」

 急にひとけのない細い道に連れてこられた真姫は、俺に現在地を尋ねる。

「ここは正人が眠っている場所だ」

 真姫は俺の言葉の意味を読み取り、そのまま押し黙る。

 俺はここに懺悔しに来た。正人からの、母親を頼むという最後のお願いすら叶えられなかった。無様に失敗した。謝って許されることでは無いけれど、それでもここにやって来た。

 さっきまでいた街の騒がしさが嘘みたいに静かだ。

 ここには星の使徒は現れない。ここに命は無く、すでに旅立ってしまった者達しかいないからだ。星の使徒は星の寿命を解放する者。墓地は、この地球上で唯一アイツらが現れない場所だ。

 やがて俺達が細い道を抜けると、正面には小ぶりな墓地が姿を見せる。

 正人の墓石を合わせてもせいぜい十数基……本当に小ぶりで静かな墓地だ。

 ここに来るのは何度目だろう?

 まだ正人が死んでから半年少々。

 崩壊病で亡くなった人の遺体は存在しない。遺骨も残らない。それらは全て崩壊し、無くなってしまう。崩壊仕切らなかった体の断片も、制星教会が持ち去ってしまうため、遺族には遺体をどうこうする権利すらも与えられない。

「真姫は初めてだよな」

「ええ。知ってたら来てたのに……なんで黙ってたの?」

 真姫は若干咎めるような口調で尋ねながら、正人の墓石に水を優しくかける。

「なんとなく……言い出すきっかけが無かったんだ」

 俺は咄嗟に噓をつく。

 本当はそんな曖昧な理由ではない。いや、曖昧と言えば曖昧か?

 俺が真姫に教えなかった理由は、正人に報告しづらかったからだ。

 俺の相棒は正人で、その彼が死んですぐに他の人とペアを組む。実際、前に桐ヶ谷が言っていたように、奴らは待ってはくれない。俺が納得するまで、心の整理が出来るまで待ってはくれない。それは正人だって分かっているだろう。

 だけどこれは俺の問題だ。どうしても、正人が眠るこの場所に新たな相棒を連れてくる気になれなかった。ただそれだけだ。特に具体的な理由ではない。曖昧だ。

「ねえ暮人?」

「うん?」

「十年前のあの日、暮人が私を選択してくれたお陰で私は今ここに立っている。こうやって亡くなった人の墓石に水をかけてあげられる……だけど、あの日暮人が私を選ばなければ、正人さんはここにはいないよね?」

 真姫の声は小さく震えていて、普段の強気な彼女はここにはいなかった。あの整った顔も、下を向いているせいか見えない。見せてくれない。鼻声で話す彼女はずっと墓石を見つめている。

「それは……」

 俺はそれ以上言葉が出ない。言ってはいけない気がした。そして俺には彼女がこの後口にする言葉が分かってしまう。

「暮人はさ……選択を間違えたんだよ。あの日、私を選ぶべきじゃ無かったんだ。私が生き残ったから、崩壊病で千人以上の人が亡くなっている。流石に、きついな……」

 彼女は今まで一度も口にしなかったそれを口にする。言葉にする。言われたくなかったし、真姫が今まで言わなかったのは、これが一線を越える言葉だと知っているから。絶対に言ってはいけない言葉だと認識しているから。

 俺が十年前の選択を間違えた……これを俺達が認めてしまうと、俺達の存在が許されなくなってしまう。

「真姫……君があの時の俺の選択を間違いだと言うのは自由だよ。実際、勝手に助けられた真姫は、自身に責任の無いまま罪悪感だけが迫ってくるから辛かったよね? それは分かってるんだ。でもさ……俺は、どうすれば良かったのかな? 好きな人が死にそうなタイミングで、世界とその人を選べと選択を迫られたら、俺はどうすれば正解だったのかな?」

 俺も真姫につられて声が震える。目が潤んで前がよく見えない。

 どうすれば良かったのかな? 俺はあの日、どうすれば……どうすれば正解を引けた? 正解なんてあったのか? むしろ正解が無かった気がする。勿論第三者からしたら、真姫を犠牲にして世界を選ぶのが正解だと言う人もいるだろう。なんならそう言う人の方が多いかも知れない。

 だけど当事者になった時、選べるか? 究極の選択を迫られた時、正しく選べるか? 

「そうだよね……ごめん。こんな事言うつもりじゃ無かったのに」

 真姫は静かに頭を下げる。

「いや、なんていうか……どうしようもない事だと思うんだ。真姫がそう思っちゃうのは仕方ないから……気にしなくていいよ。辛くなったら俺に当たってくれて構わない。原因は俺にあるんだから」

「そんなこと……でも、時々思っちゃうの。もしもあの日に戻ってやり直せるなら、暮人には世界を選んで欲しいって……」

 俺は真姫の言葉に答えることが出来なかった。考えるが、答えが出てこない。適切な答えが無い。



「おいお前ら! 今の話はいったいどういう事だ?」

 突如かけられた声に驚き振り返ると、そこには花束を持った荒木が立っていた。

 荒木、姫路ペアは現在活動停止中だ。原因は荒木さんの精神が不安定になってしまったからだ。先日殉職した星野さんと、半年前に亡くなった正人。二人を短い期間で失った反動で精神を病んでしまった。

「荒木さん……どうしてここに」

 俺は荒木に尋ねてから自らの失言に気がついた。花束を持って墓地に来ているのであれば、墓参り以外に何がある。

「俺は毎日ここに来ている。ここには正人も星野も眠っているからな」

 荒木は落ち着いて言葉を選ぶように話しているように見えた。彼はこんなタイプではなかったはずなのだが?

「それよりもさっきのお前達の話だ! 本当なのか?」

「どこから聞いてました?」

「全部だ! 悪いとは思ったが、全部聞かせてもらった!」

「そうですか……ではもう隠しても仕方ないですね。全て本当です。信じてもらえるかは分かりませんが」

 俺は正直に白状した。

 ここで取り繕ったって意味がない。

「本当なのか! じゃあ本当に、お前が世界を選んでいれば崩壊病は……」

「あの時の星の使徒が、どこまで本当のことを言っているのか分かりませんが、あれの言葉を信じるならそういう事になります」

 俺はやや事務的に答える。

「そうか……そうなのか。じゃあ真姫が生きているのが間違いなんだな!」

 そう話す荒木の眼は血走り、その表情は醜く歪んでいく。およそ人の顔とは思えない。彼本来の面影が無くなってしまっている。鼻息は荒く、視線も定まらない。正常じゃない。

「違う! 真姫が生きているのは決して間違いなんかじゃない! 俺の選択は間違っていたのかも知れないけれど、真姫が生きていることは、絶対に間違いじゃない!」

 俺はふざけたことを言う荒木に語気を荒げる。

 冗談じゃない! その選択を迫られたことが無かった人間にどうこう言われてたまるか! あの当時の俺を避難していいのは真姫だけだ! 易々と俺達の過去に介入するな! 俺達の覚悟に水を差すな!

「そうかそうか……お前はそういう態度なんだな」

 荒木は何が面白いのか、半笑いのまま俺達の横を通り過ぎ、正人の墓に花を生けると、そのままフラフラとした足取りで去っていった。