喋る黒猫とうそつきの麦わら

 それからいくつかの家を回って挨拶を済ませていた。
 今日一日だけでかなりの人と話した気がする。ここ数日はほとんど人と話す事もなく旅を続けていたので、どこか懐かしいような気持ちにもなる。
 村の人はみんな僕を暖かく迎えてくれていた。
 もう時間もだいぶん遅くなってきて、夕暮れすらも沈もうとしていた。

「おう。有子(ゆうこ)。戻ってきたか。なかなか戻ってこないから、心配したぞ」

 (けん)さんがにこやかな笑顔で出迎えてくれていた。

「そして。そっちのは。何だっけ。綿菓子くんだっけか?」
四月一日(わたぬき)謙人(けんと)です」
「そう。ケント・デリカットさんだったな」
「ぜんぜん違うし、それ別人です」
「こまけぇことは良いんだよ。とにかく謙人。飯にすんぞ。腹が減っては戦ができんからな」

 言いながらも僕を呼びながら、茶の間へと案内してくれていた。
 健さんだけは多少僕に思うところがあるのか口調が荒いけれど、それでも本当に否定したい訳でも無いようだった。なんだかんだで受け入れてくれて、僕が家に泊まるのも許してくれているようだ。

「ごめんなさいねー。うちの人、どうしても四月一日さんじゃない事にしたいらしくって。そんな事いっても名前なんて変えられないのにね」

 奈々子(ななこ)さんがくすくすと笑みを漏らしながら、ちらりと僕と健さんの二人へ交互に視線を送る。
 春渡しがどんなものなのかわからないけれど、よほどありすとの春渡しをさせたくないのだろうか。
 とは言え、それ以外のところでは歓迎されていないという訳でもなさそうだった。なんだかんだで茶の間にも迎え入れてくれているし、フレンドリーに話しかけてきたりもする。

「奈々子の作る飯はめちゃくちゃ美味いからな。感謝しろよ」
「ありがたくいただきます。カロリーフレンド以外はひさしぶりに口にしますし」

 旅をする間、なかなか店がない場合もある。そんな時のために普段はかさばらないカロリーフレンドを愛用している。少々ぱさぱさするのが難点だが、水分さえあれば美味しく栄養もとれる。

「なんだぁ。カロリーフレンドだぁ。そんなんばっか食べてると、体壊しちまうぜ。やっぱり日本人たるもの、米の飯くわねぇとな」
「今日の夕飯はうどんですから、お米はないですけどねー」

 健さんが漏らした言葉にすかさず奈々子さんが突っ込みをいれる。

「まぁ、うどんも米みたいなものだ。なぁ有子」
「うどんは小麦粉から作るから、米じゃないと思うよ。お米から作るのはベトナムのフォーとかかな」
「う……」

 娘の容赦ないつっこみに健は言葉を失う。
 賑やかな家族なんだなと、少しだけうらやましく思う。
 僕にはもう兄しか家族はいない。こうして一緒にいられるのは、少しだけほっとした。





「ごめんなさいね。今日は有子が夕ご飯はうどんがいいっていってたものですから、うどんしか準備していなくって」

 奈々子さんは言いながら、皆の前にうどんを並べていく。
 上には山菜がちりばめられており、山菜うどんというところだろうか。

「いえ、突然の来訪にもかかわらず、食事をごちそうになるだけでも大変ありがたいですから」

 僕は言いながら頭を下げる。
 宿を借してもらっただけでなく食事まで出していただけるのは、本当にありがたいし、ここ数日カロリーフレンドばかり食べていたのでまともな食事はひさしぶりでもある。

「おう。奈々子の飯は本当に美味いからな。ありがたく食べろよ。デリカット」
「だからそれ別人です。でもありがたくご相伴にあずかります」
「おう。味わって食べろよ」

 健さんの言葉に思わず突っ込みを入れるが、健さんは特に気にしていない様子でわいわいと話しながらの食事が進んでいく。
 こんな風に温かい食事を食べるのはいつぶりだろうか。賑やかで暖かな空気は僕を安心させると共に寂しさも覚えさせた。
 そんな気持ちがどこか表情にでてしまっていたのだろうか。ありすが僕の方を見つめて何か心配そうに見つめていた。

「四月一日さん、お口に合うでしょうか? 村の近所でとれた山菜なんですけど、なかなか都会の人は口にしないと思いますし、癖がありますから、もし合わなければ無理して食べなくてもいいですからっ」

 どうやら食事が進んでいるかどうか気になっているようだった。確かに少し箸が止まっていたかもしれない。

「いや美味しいよ。ありがとう」

 僕は正直に答える。確かに食べ慣れた味ではないし、少し癖もある気はするが、むしろ珍しくて美味しいと思う。美味しいのは採れたての山菜だからかもしれない。

「当然だ。奈々子の飯がまずいなんて言おうものなら、ぶっ飛ばしてやるところだ」
「もう。お父さん。何言ってるの」

 ありすは慌てて父の言葉を遮る。
 殴られるのは勘弁して欲しいところだけれど、実際に美味しいのだから文句のつけようもない。

「男の子だから多めにしましたけど、もし足りなかったら言って下さいね。何かもう少し作りますから」

 奈々子さんがにこやかに微笑んでくる。
 わいわいとした家族がそろった食事風景は、僕にとってはどこか憧れていた風景でもあったかもしれない。
 父は会社を経営していていつでも忙しかった。だから一緒に食事をとる事は少なかった。
 みんなそれぞれの時間で別々に食事をする。そんな風景が普通だった。
 だからこういう一家団欒といった光景は、手の届かない物語の中の話に過ぎなかった。

 それは両親が亡くなって旅を始めてからも変わらない。むしろカロリーフレンドをかじる事が多くなった分、余計に遠のいたかもしれない。

 でもいまこうして家族の輪の中に入れてもらっている。
 その事がどこか僕の心を落ち着かせていた。それだけでもありすの願いをきいて、この村にきた意味もあったような気もする。

「おう。がっつり食えよ。残さず食えよ。でっかい男じゃなければ有子にはふさわしくないからな」
「いただきます。でもすみません、特に有子さんとどうこうするつもりはないです」
「なにぃ。うちの有子は世界一可愛いんだぞ。草食男子か、お前は」
「山菜なら今いただいています」
「物理的な話じゃねえよ!?」
「お父さん、当の娘の前でそんな話しないでっ。もうもうもうっ」
「はい……すみません……」

 ありすにしかられて、健さんはしょぼんとしていた。娘には弱いらしい。
 ただこんな賑やかな食事は、僕にとって少しまぶしすぎたように思う。


四月一日(わたぬき)さん、まだ起きてますか?」

 ふすまの向こうから声が聞こえてくる。どうやらありすのようだった。

「起きているけど、どうしたの?」
「入ってもいいですか?」
「構わないよ」

 僕が返事をすると共に、ありすはふすまをあけて部屋の中へと入ってくる。
 昼間と違いパジャマ姿で三つ編みをほどいてメガネも外していた。三つ編みをほどいた後の少し波打った髪が、昼間とずいぶん雰囲気を変えていた。

 そして大きな縁のメガネを外していると、やっぱり目もぱっちりとしていてまつげも長い。かなり可愛らしい女の子だと思う。普段の格好がかなり野暮ったく感じるだけに、磨けばとても光るようにも思える。

「えへへ。眠れなくって。少しだけお話してもいいですか?」
「うーん。いいけど。でも男の部屋に夜中くるのはあんまり良くないと思うよ」

 少しどきどきとする胸を鼓動を抑えながら、平気なふりをして答える。夜中に可愛い女の子と二人というのは、どこか緊張を隠せない。
 しかしありすは気にした様子もなく、畳の上に座り込む。

「平気です。今日一日だけのつきあいですけど、四月一日さんが悪い事する人じゃないっていうのはちゃんとわかりましたし。それにもしも何かあったらお父さんが飛んできてくれます」

 ありすはにこやかに笑顔を向けながら、ふすまの向こう側に目をやる。
 確かにあの父ならば少しでもありすの悲鳴が聞こえようものなら、音速で駆けつけそうな気がする。

「それもそうか」

 うなずく僕に、ありすは何か楽しいのか満面の笑顔で僕を見つめていた。

「ずっと四月一日さんって呼んでいましたけど、謙人(けんと)さんって呼んでもいいですか?」
「それは好きに呼んでくれて構わないけど」

 ありすの問いかけにうなずく。そもそもたまにだけれど、すでに何度かそう呼ばれていたし。

「じゃあ謙人さん。今日は私のわがままに一日付き合ってくれて、ありがとうございました」

 ありすは大きく頭を下げる。
 特にわがままを聴いた気はしないのだけれども、彼女にとってはわがままな事だったのだろうか。

「別に特に何もしていないし、ありすのわがままを聴いた覚えもないよ」
「でも謙人さんは旅の途中だったのに、春渡しに付き合ってくれます」
「ああ。その事か。どうせ目的も何もない旅だからね。特になんてことはないよ」

 実際この村にきていなかったとしたら、廃線になった線路の終点までいくだけの旅だった。そこに何があるかもしらないし、たぶん何もないのだろう。ただそこを歩いてみたかった。それ以上の理由なんてなかった。
 線路の上を歩く体験なんて滅多にできないし、貴重な体験をしたとは思っている。だけどそれが何かの役に立つかと言われれば、何の役にも立たないだろう。
 だからその旅が数日遅れたからといっても、誰にも何の迷惑もかけないし。僕にとっても大した話しではなかった。
 けれどありすはゆっくりと首を振るう。

「謙人さんの時間を私がもらったんです。これ以上のわがままはたぶん他にないんじゃないかなって思います。だから私は謙人さんに恩返しをしないといけないなって。そう思うんです」

 ありすは言いながら、手をぶんぶんと振るう。
 しょっちゅうこの様子を見かけるから、たぶん癖になっているんだろうなと思う。
 時間をもらったか。そんなことを考えてみた事はなかったなとも思うけれど、それは大切なものの見方のような気もしていた。

「恩返しか。特に必要ないけどね。ひさしぶりにまともに人と話して、こうして宿を貸してもらっている。それだけで十分だよ。お風呂にも入れたしね」
「それじゃ私の気がすみません。何かしてもらいたいことってないですか? いまなら私に出来る事なら何でも言って下さい。あ、いっても常識の範囲内ですし、えっちな事はだめですよ」
「何もしないよっ」

 慌てて答えると、ありすは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「そうですよね。謙人さんはロリコンですから、かなたちゃんがいいんですもんね」
「まだそのネタを引きずるのか。確かにあの子は可愛かったけど、それは猫とか犬とかの可愛さと同じで、何かどうこうしたいような気持ちはないよ」
「そうですか? かなたちゃんに抱きつかれて鼻の下のばしてませんでした?」
「そ、そんなことはないよっ」

 ありすの言葉を慌てて否定する。
 すみません。たぶんちょっと伸びてました。心の中でつぶやくと、僕は気を引き締める。
 ロリコンという訳では無いけれど、あの子はたぶんかなり危険な子だ。意識してやっているのだとしたら、将来は男を手の平で転がすようになるに違いない。

「まぁ、謙人さんの言う事を信じましょう」
「そうしてください」

 ロリコン疑惑はまだ冷めた訳ではなさそうだったけれど、ひとまず回避できたようだ。

「そうだ。ありす。聴きたい事があったんだ。昼間いっていた占いって何の話だったんだ」

 とりあえず話題を変えようと思って、気になっていた占いの話をたずねてみる。
 しかしありすはそのとたんあからさまに驚いた顔を浮かべて、眉を寄せていた。

「わぁ。このタイミングでそれきいちゃいますかー。うー。でも何でもするっていったのは私ですもんね。じゃあ正直に答えますね」

 ありすは少しだけためらいを見せたあと、大きく息を吐き出す。
 それから僕の方をじっと見つめて微笑みながら語り始める。

「私は魔女だって話を昼間しましたよね。私には不思議な力があるんですよ。その力を使って占いをしてみたところ、こんな結果がでたんです。
 この村に四月一日(わたぬき)が春を連れにやってくる。
 春と共にこの村の止まった時間を動かしにやってくる。
 四月一日は三月(みつき)と共に過ごし誓いを交わす。
 四月一日は三月を愛しみ、そして三月は四月一日に手を伸ばす。
 届いた手は全てを壊し、代わりに二人は永遠を手にするだろう。
 これが占いの結果です」

「……それってつまり僕がありすを好きになって、一緒に暮らすようになるって言うこと?」

 占いの結果を見る限りはそうとしか思えない。

「どうでしょう。占いの解釈なんていろいろ出来ますから。ただ間違い無いのは四月一日さんが春を連れてくるって事です」

 そう言いながらもありすの頬が赤く染まっているのが見て取れる。もしかしたらありす自身もそう思っているのかもしれない。だとしたらすごく照れくさい話をしていると思う。

 確かにありすは可愛い。もしかしたら今まで見た女の子の中でも、一、二を争うかもしれない。普段の格好はかなり野暮ったいけれど、磨けばかなり光るんじゃないだろうか。
 でもかと言って、さすがに今日あったばかりで好きになるという事もない。
 ちょっと変わった女の子だけにある意味では気になっているのは確かだけれど、そういう感情とは結びついてはいない。少なくとも今のところは。

「でも正直いえばかなり驚きました。あんな普段は誰もこないところで人と会うなんて思いませんでしたし、ましてやそれが四月一日さんだったなんて。運命ってあるのかなぁなんてひっそり思っちゃいました」

 照れた様子で告げるありすだったが、確かに出来すぎているような気がする。
 僕がこの村にくるようになったのは偶然が重なった結果だ。
 廃線になった線路があるときいて、廃線跡を歩いてみようと思ったのが一昨日のこと。しかし思ったよりも特に代わり映えもなくて、何となく石を蹴飛ばしてみたら、たまたま石が飛んだあたりに、ありすがよもぎを摘むために座っていた。
 出来すぎてはいないだろうか。何か見えない意思を感じなくもない。
 だけどかといって、それでありすを好きになってこの村で暮らすようになるかといえば、それはまた違う話だ。
 お祭りが終われば僕はこの村から去る。それは動かない事実であって、よほどの事がなければ変わるはずもない。
 そう思った時だった。ふすまの向こうから声が響いてくる。

「やれやれ。またその話かね」

 声とともにふすまががっと鈍い音を立てて開く。
 そして少しだけ開いた隙間から、黒猫が顔を覗かせていた。ミーシャだ。
謙人(けんと)、特に聴いても仕方がないよ。有子(ゆうこ)には別に魔法の力なんてありはしないし、占いだなんて出来るはずもない。全ては有子のくだらない妄想って訳さ」

「わーっ。くだらなくなんてないよ。魔法の力だよ。あと有子じゃなくて、ありす。ありすって呼んでよぅ」
「はいはい。ありすね」

 何度目かもわからないやりとりを繰り返すと、ミーシャは僕の顔をちらりと横目で見やる。

「謙人、君は有子の言う事を信じる必要はないよ。有子はただの中二病だし、魔法の力なんて有りはしない。まさか君はクッキーを食べれば体が大きくなって、ドリンクを飲めば体が小さくなるとでも思っているのかい」

 相変わらずの皮肉のきいた口調で告げると、前かがみになって大きくその背を伸ばす。
 しっぽがぴんとまっすぐ立っていた。

「喋る猫がいるんだから、時計をもったウサギや狂った帽子屋や、魔法が使える少女がいても不思議じゃないとは思うよ」
「残念ながらボクは耳から耳まで続くような笑みは浮かべたことがないけどね」

 ミーシャはやれやれとあきれた様子でつぶやく。
 ありすより何より彼女が一番非現実的だと思うのだけど、確かにここにいるのだから疑いようもなかった。
 ふすまの間から夏の少し湿った空気が流れ込んでくる。
 ただ都会のむせるような熱気はなくて、どこか澄んだ匂いとともに部屋の中を満たしていく。

「もう。ミーシャは何の話をしているの」
「君の話だよ。ああ、でも君はもしかしたら三月(みつき)だけに三月(さんがつ)ウサギなのかもしれないけどね」

 ミーシャの返しにありすはきょとんとした顔をのぞかせていた。
 どうやらありすはありすと名乗っている割には不思議の国の住人ではなさそうだ。

「ミーシャが何を言ってるのかわからないけど、なんとなく悪口だっていうのはわかった。もう、すぐ人を馬鹿にするんだから」

 ありすはぷぅと口元を膨らませると、素早くミーシャを抱きかかえる。

「そんなことばかりいってると吸っちゃうんだからね」
「わぁ。それはやめてくれ。あれはこちらは何も楽しくない」

 止めるミーシャの声も聴かず、ありすはミーシャの体に顔を埋める。それからその匂いを嗅ぎながら、すぅはぁと大きく息をしていた。

「うわー。猫権侵害だ。やめてくれー」

 じたばたと暴れるがありすはしっかりと抱きかかえて離そうとはしなかった。
 そしてしばらくしてから、ゆっくりと口を離す。
 わずかにミーシャの毛が湿っていた。

「ふぅ。堪能堪能」

 ありすは満足した様子で、顔は離したものの、両手でミーシャを抱きかかえていた。
 ミーシャはばたばたと暴れるように手足を動かそうとするが、しっかりと捕まっているため、ほとんど身動きができないでいる。

「全く君はいつも勝手なことをするんだから。ボクにも基本的猫権があるんだよ。一に猫は全てにおいて自由である。二に猫は気ままである。三に猫は何者にもとらわれるべからず。これらは何をおいても守られなければいけないんだ」

 ミーシャは少し興奮して言いつのるが、ありすは馬耳東風(ばじとうふう)と言った様子で全く聴いてはいない。

「だってミーシャ可愛いんだもん。猫は吸うものだよね」
「君は猫をドラッグか何かと勘違いしているんじゃないか。ボクには到底理解できないね」

 ミーシャはなんとか体をよじってありすの腕の中から離れると、すぐに駆けだして少しありすから距離をとる。

「謙人、君からも有子に馬鹿な事はやめるように言ってくれたまえ」
「わわわっ。有子って言わないで。ありす。ありすって呼んでよぅ」

 ありすは慌ててぱたぱたと大きく手を振っていた。
 いつもならここで「はいはい。ありすね」とミーシャが返すところなのだが、今のミーシャはご機嫌斜めな様子で、それには無言のまま何も答えない。
 怒りのマークが見えそうなほどに、目をつり上げていた。

「全く。猫が猫らしく生きるためには吸われるなどもっての他なのだよ。ボクは基本的猫権を宣言する。あとは君達で勝手にやってくれ」

 言いながら部屋に置かれたタンスの上へと飛び乗って、その上で毛繕いを初めたかと思うと、腕をなめて顔を洗い出す。よほど吸われたのが腹に据えたらしい。

「ミーシャは自分の世界に行ってしまいましたし、今日のところはこの辺でお開きにしましょうか」

 ありすはぽんと柏手を打つと立ち上がり、ふすまを開く。
 ありすはふわふわとした髪をなびかせながら、縁側の方へと向かっていく。

「ゆっくり休んでくださいね。それから明日は特に何もやることはないですから、一日ゆっくり村の中でも探索してください。何もない村ですけど」

 ありすは頭を下げると、それからにこやかに微笑む。

「謙人さん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

 夜の挨拶を交わすと、ありすはふすまを締めてそれからとたとたと廊下を歩く音が遠ざかっていく。
 僕は片隅に置かれていた書斎机の前に移動して腰掛ける。

「占い……か」

 思わず声に出してつぶやく。
 どんな占いで出た結果なのだかはわからないけれど、ずいぶん出来すぎた占いだとは思う。まるで僕がこの村に訪れる事がわかっていたかのようだ。

 この村の止まっていた時間を動かす、とは何の事だろうか。確かにこの村は小さく来訪者も少ないだろう。だから普段とは違う事になるという意味であれば、確かに村の時間は動き出したのかもしれない。
 あるいは前後の関係を見るならば、出来ていなかった春渡しと言う祭りが出来るようになったという意味なのかもしれない。

 共に過ごし誓いを立てるというのは春渡しの祭りそのものの事かもしれない。
 ただそれにしても三月を愛しみと言うが、ありすの事は可愛いとは思うものの、特別な感情は抱いていない。数日の間にそこまで変わるとも思えない。

 それに全てを壊しとはどういう意味だろうか。
 よくわからない占いだった。

「謙人。有子の占いなんて適当なんだから、気にするだけ無駄だよ。偶然君が訪れただけであって、何か真実を含んでいる訳では無い」

 タンスの上からミーシャの声が聞こえてくる。
 どうやら落ち着きを取り戻したらしい。

「今までだって適当な占いをいくつも聴いてきたけれど、当たった試しなんてないんだから。今回のもただ春渡しをしたいと思う有子の気持ちが占いという形をとって表れただけで、深い意味なんてないんだ。たまたま君がここに訪れたから、それっぽく見えているに過ぎない」
「そうかもしれない」

 うなずいて、僕はタンスの方へと視線を送る。
 恐らくミーシャの言葉の方が真実には近いのだろう。僕はたまたま出会ったからそう思えているだけで、ありすに魔法の力なんて無いと考える方が自然ではある。

 ただそれでも偶然以上のものを感じずにはいられなかった。
 ありすに魔法の力がないとしても、僕がこの村にきた意味が何か隠されているような、そんな気すらしていた。
 だいたい喋る猫がいるのだから、魔女がいてもおかしくはないと思う。
 しかしそう思う僕の心など見通しているのか、ミーシャは大きくあくびをしてから話し始める。

「偶然だよ。有子はちょっと妄想が行きがちだけど普通の女の子だよ。何の力も持っていない。だから気にせずに仲良くしてやってほしい。ここ猫鳴村(ねこなきむら)は特に見所もない、ごく普通の村だ。特別な事なんて何もない。ボクが少しばかり特別なだけなんだ。君は何も気にせず普通にしていてほしい」

 ミーシャはそのままタンスの上で話は終わりとばかりに丸くなっていた。そのまま睡眠の体制に入ったらしい。

「おやすみ、謙人」

 ミーシャはそのまま静かに寝息を立て始める。
 どこか胸の中にしこりのようなものを残しながらも、僕もそろそろ眠りにつく事にした。


 翌日、僕は朝の散歩で村を散策していた。
 ありすは今日は何か用事があるとかで、早々にどこかに出かけていたため、一人で暇つぶしをしているとも言う。
 小川、というよりも農業用の用水路だろうか。その流れるほとりを歩きながら、辺りを観察していた。
 特別に変わったものも見えないが、普段は目にしないだけにそれだけでも少し楽しくも感じる。やっぱり自分は都会育ちなんだとは思う。

「おにーーちゃーーーんっ!」

 ふと水路の向こう側から声をかけられる。目をやると、かなたがぶんぶんと大きく手を振っていた。
 僕が気がついたことを見て取るが早いか、すぐにこちらへと駆け寄ってくる。

「お兄ちゃん。お散歩中なの? えへへ。かなたもなんだ。一緒に行ってもいい? いいよね?」

 何も答える間もなく同行を決められていた。
 特に何か目的がある訳でもなかったので、困る訳では無かったけれど。

「何か面白いもの見つかった?」
「ん。見るもの全てが面白いよ」
「そうなんだ。かなたにとってはいつもの風景にしか見えないけど。あ、でもここはね。ザリガニとか採れるから、たまに採って遊んでるかな」

 かなたはなんだか楽しそうに告げる。
 しかしザリガニ取りとは子供らしいけど、男の子っぽい遊びだなとも思う。ただこのくらいの子供だと、まだ男女の違いも大きくはないのかもしれない。
 などと思いきいていたところ、かなたはもう少し言葉を続けていた。

「主にありすちゃんが」

 ありすかっ、と心の中でつっこむ。いやちょっと変なあの子には似合うのだけど。

「それも魔法の修行の一環なんだって。ザリガニには魔法の力があるらしいよ」
「いや、ないだろ」

 今度は思わず声に漏らしてしまう。

「だよねぇ。ありすちゃん、妄想激しいから。でもありすちゃんはそんなところが可愛いと思うの。このまま天然でいて欲しいから、私はありすちゃんの言う事は全部受け入れてあげるの」

 何かむしろお姉さんじみた事を口にしていた。なんとなく村でのありすの立場がよくわかったような気がする。

「まぁ喋る猫がいるくらいだから、ありすも魔法くらい使えるのかもしれないけどね」

 何気なく口にした言葉に、しかしかなたはどこかきょとんとした顔をして僕を見つめていた。

「喋る猫? あれ。お兄ちゃんも、妄想激しい人なの? それともありすちゃんに付き合ってあげてるのかな」

 かなたは口元を抑えながらくすくすと笑っていた。
 だけど僕にはその言葉はとても笑えはしない。

「え……いや、でもミーシャは」
「ミーシャ? ああ、ありすちゃんところの黒猫だよね。ああ、確かに鳴き声とか、ときどき『ごはーん』とかって言っているようにも聞こえなくはないかな。動画とかでもあるよね。『まぐろー』とか喋ってるの。ま、この村だとネット見るのも一苦労だから、あんまり沢山みた事がある訳じゃないんだけど。そういえばありすちゃん、よくミーシャと会話してるよね。有子(ゆうこ)じゃなくてありすって呼んでって。確かににゃーごって鳴いてるの、ゆーこって聞こえなくもないかなぁ。ああ、そうだよね。お兄ちゃん、やっぱりありすちゃんに付き合ってあげてるんだね」

 かなたの言葉に僕は激しく衝撃を受けていた。受けずにはいられなかった。
 かなたの言うような動画は確かに僕も見た事はある。言われてみたら、そう聞こえなくもない。そんな感じの動画だ。
 だけどミーシャの言葉はそんなものじゃない。明らかにはっきりと喋っている。
 でもかなたの様子からはそうは思えない。かなたはミーシャが喋るとはこれっぽっちも思っていない。猫が喋るなんて想像の中にしかないのだろう。
 よく考えてみると、こずえとの話の時もそうだった。僕にはあれだけはっきりと聞こえていたミーシャの言葉が、こずえはよくわからない様子できょとんとしていた。
 あれはミーシャの言葉が聞き取れなかったんだと思っていたけれど、もしかするとありすが不意に騒ぎ出した事に対しての言葉だったのだろうか。

「お兄ちゃん、優しいなぁ。ありすちゃん、ああ見えても傷つきやすいからね。春渡しする仲になろうっていうんだもん。ミーシャが喋ってるって妄想くらい、受け入れてあげないとだよね」
「いや、別にありすと付き合うつもりはないんだけど」

 とりあえず否定しておく。
 ただ内心では何か不自然な事に胸を激しく鳴らしていた。
 僕にはミーシャの声がはっきりと聞こえる。ありすにしてもそうなのだろう。ちゃんと会話が成立していた。
 だけど少なくともかなたにはミーシャの声は届いていない。

「えーっ。だって珍しくありすちゃんの占い当たったっていうか、当たりそうなんだよ。四月一日さんなんて、変わった苗字の人。そうそうくる訳ないのに、実際にこうしてやってきたんだもの。ありすちゃん、絶対舞い上がってるよ。昨日もそんな感じだったもん」

 かなたは楽しそうにありすの話を続けていた。
 確かにありすのどこかふわふわした様子はうかがえていた。ただ僕は普段のありすを知らないので、どこか変わっているのか、いつも通りなのかの区別まではつかない。
 どこかテンションが高かったのも、自分の占いが当たりそうだからなのだろうか。
 ただ少なくとも僕はこの村に長居するつもりはなかったし、ありすの事は嫌いではないけれど、かといってこの数日の間に愛しむようになるとも思えない。

「んー。でも謙人(けんと)お兄ちゃんが、そういうつもりじゃないんだったら」

 かなたは少し目の奥を輝かせながら、それから僕の方を下から上目遣いで見上げてくる。

「かなたにもチャンスがあるのかなー?」
「チャ、チャンスって何の……」
「ふふっ。ひみつだよー」

 口元にのばした人差し指をあてて、それからかなたは僕へと向かったまま背中側に少しだけ足を進める。
 小悪魔だ。小悪魔がいる。この子、絶対計算してると思う。
 ああ、でもわかっていても可愛い。

「でもさすがにありすちゃんに悪いかな。それに」

 かなたは急にどこか寂しそうな顔を浮かべて、僕へと背を向ける。

「たぶんこの夏が最後だから」

 静かな声でつぶやいていた。
 何が最後なのかは、結局わからないままかなたとは別れていた。何やらかなたにも準備があるらしい。
 最後って何がと聴いてみたのだけど、かなたは答えてはくれなかった。ただ「この夏がね、最後なんだよ」とだけ繰り返した。
 その時の瞳が何か悲しいような寂しいような、寂寥感にあふれた瞳だったから。それ以上には言葉を続けられなかった。
 夏の日差しが僕を照りつける。
 じりじりと肌が焦げていく。
 滴り落ちる汗が不快感を増していく。

「暑いね……」

 一人つぶやくと、用水路の水の中にタオルを浸す。
 その水で少し肌を拭くと、わずかばかりに体温が下がった気がする。

「なんばしよーと」

 その声は背中からかけられた。
 振り返るとにこやかな顔のこずえが立っている。今日はチェックのジャンパースカートとベレー帽という出で立ちだったが、おさげなところは変わっていない。

「散歩……かな」
「かなって。おかしかね。自分のしよーこともわからんと?」
「とりあえず懐中時計をもった白ウサギを探している訳じゃないのは確かだよ」
「なにそれ。おかしか」

 こずえは口元を抑えながら笑っていた。

「ま、でもそれはありすちゃんの役目やろーね。ケントくんは、強いていうならおかしな帽子屋ってところやん」
「ならジョニー・デップになれるかな」
「んー。ちょっとばかり風格がたりんと思うー」

 こずえはくすくすと笑みをこぼす。

「こずえは映画とか好きなの?」

 僕の切り返しにすぐに答えられるというのは、映画が好きな証拠かもしれない。件のアリス・イン・ワンダーランドは少々古い映画だ。僕もDVDを借りてレンタルでみた。

「そーでもなかよ。たまたま知ってただけやけん。この村はまぁスマホがなければインターネットもできんけんねー。映画を見るのも一苦労とよ。で、うちはスマホもってないとよね」
「なるほどね。そういえば僕のスマホは今は圏外みたいだ」

 村についた時から思っていたけれど、電波の入りは非常に悪い。ときどきはつながっているようなので、完全に圏外という訳でもないが、入る方が珍しいような感じだ。
 とはいえ基本的に連絡をとるのは兄だけで、それも週に一度定期連絡をするだけだ。特に圏外だからと困る事もなかった。
 そういえば昨日は定期連絡の日だったけれど、圏外だったから忘れていた。後で電話しておこうとは思う。

「そうそう。この村だとD社のスマホじゃないとほとんど電波とどかんけん。ま、村の中にいたらスマホで連絡とるようなことも滅多になかし、あんまり必要とは思うとらんとよ。やけん、携帯もっとうのは、ほとんどおらんと。やけん、映画はたまにテレビでやっとう時にみるくらいしかないんよ。村にはあんまり人おらんけど、この辺電波塔が近いけんね。けっこういろんなテレビが見られっけん、みんなテレビが趣味みたいなものやけんねー。でもケントくんは映画好きそうやね」
「そうだね。けっこう映画は見たかな。映画だけじゃなくて、ドラマとかアニメとか。まんがや小説も。物語が好きなんだ」

 僕の趣味は映画を見る事だとは思うけれど、別に映画にこだわっている訳ではない。ありとあらゆるジャンルの物語が好きだ。
 物語を見ている間には違う自分になれるような気がするから。新しい自分を発見出来るような気になる。
 もちろん映画を見たからといって、見る前の僕とほとんど何も変わらない、
 でも僕の心の中にはたぶん何かを残している。

「そうなんだ。その辺はありすちゃんとも似とうと思うよ。ありすちゃんは妄想癖といった方が近いかもしれんけどね」
「ありすと僕はそんなに似てないとは思うけど」

 天然娘と一緒にされた事に少しだけ眉を寄せる。
 確かにありすも物語は好きそうだけれども、ちょっと僕とは傾向は違うと思う。
 もっとも何が違うのかと言われたら、少しばかり返答に困るかもしれないけれど。
 ただこずえはそこまで踏み込んでくる事はなかった。

「そうやねぇ。ありすちゃんは独特だから。有子(ゆうこ)って本名で呼ぶと嫌がるやん。ま、その辺も可愛かけど、こだわりがすごいんよね。自分の事は魔女だって言ってるし」
「それみんなに言ってるのか」
「あーね。魔女に憧れてるんよね。あの子。ミーシャは喋ると思っているし、ほうきに乗ったら空を飛べると信じとうよ。正確にはそうあってほしいと願っとうっていった方が正かかもしれんけどね」
「やっぱりミーシャは喋らないか」

 ふと会話に出てきた黒猫の話を少し引き延ばしてみる。

「そりゃあ猫が喋るなんて、物語の世界の話やけんね。ミーシャが喋っとうところなんて見た事なかとよ」

 しかしやっぱりこずえもミーシャが喋るとは思っていないようだった。
 だとすればなぜ僕にはこうもはっきりとミーシャの声が聞こえるのだろう。

「でも猫とおしゃべりできたら素敵だと、私も思うけん。ありすちゃんの事も受け入れてやってほしいとよ」
「善処します」
「あはは、それ守る気ない人の台詞やん」

 こずえは楽しそうに口元をてのひらで押さえながら笑っていた。
「でも、ま、ありすちゃんにもいい人出来そうでよかったよかった」
「いやそういうんじゃないんだけど」
「えーっ。でも春渡しするっちゃろ。だったら受け止めてあげないとありすちゃんが可哀想やん」
「僕はそもそもその春渡しっていうのが何するのかもよく知らないんだけどね」
「ふふ。まぁやることはただ一晩一緒に過ごすだけっちゃだけやけん。でも若い男女が一晩一緒に過ごすって、それだけで大変な事と思うとよ」

 確かにこずえの言う通り、男女二人で一晩過ごすというのは、それなりに刺激的だとは思う。
 ありすはかなり可愛い子だし、昨日同じ部屋で夜話しているだけでもどきどきはした。
 僕はあまり異性の友達なんていなかったし、こうして二人で話したりする事だってそれほどにはなかったと思う。
 だけど今回の場合はお祭りのための儀式にすぎないし、ありすは僕の特別だと言う訳でもない。それ以上の何かをするつもりはなかったし、この村を去って行く人間としては立つ鳥跡を濁さずじゃないけど、余計な波紋を広げたくはない。

「ありすちゃんじゃだめなん?」
「いや、そういう訳でもないけど、まだ彼女の事もよく知らないし、特別な気持ちはないよ。少なくとも今は」
「ふうん。でもこれから出来るかもしれんやん。特別な気持ち。それに」

 こずえは言いながら、少し僕の方へと歩み寄ってくる。

「ちょ、近い」

 僕が漏らしかけた言葉をこずえの手のひらがふさぐ。

「こうして、少しばかり近くによって。吐息がかかるくらいの距離にきたら。嫌でも意識してしまうやん」

 こずえの顔が僕のすぐ耳元にまで近づいていた。
 彼女の息が僕のうなじをなでていく。
 突然の事に胸が強く高鳴っていた。
 どきどきと何度も鼓動する。
 僕は避ける事も出来ずに、ただ棒のように立ち尽くしてしまう。
 逃げようと思えばいつでも逃げられたとは思う。だけどあまりに急な出来事に、体がうまく反応していない。

「うちのこと好いとう?」
「い……いや、その……」

 唐突な問いに何も答えられない。

「嫌い? うちじゃだめかな?」
「そ、そんなこともないけど……でも」

 心臓の音がこずえにまで聞こえているんじゃないかと思うほどに強くはねつけていた。
 離れようと思うのだけれど体は全く動こうとしない。
 何か答えなくちゃと思いつつも、何と答えて良いのかはわからない。こずえの事は嫌いではないけれど、知り合ったばかりで特別な存在ではない。だからだめだと答えてしまえばいいのかもしれなかったけれど、そう答えてしまう事にもためらいがあった。

「ケントくんは、平気そうなふりしているけど、ほんと女の子には慣れてなかね」

 こずえは笑みを浮かべながら、それからゆっくりと僕から少し離れていく。

「ね。別に特別なんかじゃなくても、近づくだけでどきどきしたやろ?」

 てのひらで口元を抑えながら、意地悪そうな瞳で笑う。

「……こういうのは趣味悪いよ」
「あはは。ごめんごめん。でもね。春渡しって、つまりそういう事やけんね。嫌でもありすちゃんを意識しちゃうようになるってこと」
「……もしかして接触を伴うの?」

 こずえの言葉にどこか不穏な空気を感じて、思わず問いただす。

「んー。それは当人達次第やけんね。二人の好きにしたら良いと思う」
「…………」

 言葉を失って、何を話したものかと思う。
 なんだか思っていたよりも、ちょっとセンシティブな儀式なんだろうか。今からでも断った方が良いような気もしてくる。

「あ、だめやけんね。今更やめようとか言うとは。私のせいで春渡し中止になりましたとかいったらありすちゃん、きっと泣く」

 こずえは心の中が見えるかのように僕の言葉の前に先回りしてくる。
 そのせいでやめようかなと口ばしる事すら出来なかった。

「泣いたありすちゃんもたぶん可愛かとは思うけど。できれば笑って終わりにしたいっちゃん。だって最後の夏やけん――」

 唐突にこずえもかなたと同じように最後の夏だと口にしていた。
 最後って何がって言う問いに、こずえは「四月一日(わたぬき)さんがいなくなるから、春渡しが出来るのも、これが最後って事やけん」と答えた。
 でもたぶんそれは本当でなくて、何かを隠しているのだと思う。

 最後の夏。

 思い返せばあかねも同じような事を告げていた。
 ありすの友人三人が三人とも同じ事をつぶやくと言う事は、たぶん何かがあるのだろう。でもそれが何なのかは僕には全く想像がつかない。

 まさかこの時代にダムを作るために村がなくなるっていう訳でもないだろうが、この村の過疎化も進んでいるようだから、若い子達はみんなして引っ越すという事ならあり得るのかもしれない。
 もしこの夏が僕にとっての最後の夏だとしたならば、何をすべきなのだろうか。

 じりじりと照らし続ける日差しも、これがもしも最後だとするならば、甘んじて受けたいと思うかもしれない。
 ちりんちりんとどこからともなく風鈴の音が響く。
 風にのって揺れる音は、どこかもの悲しげで夏の暑さを少しだけ緩和してくれる。

「おう。ケント・デリカットだったかじゃないか。こんなところで何やってるんだ」

 そして風の音と共に(けん)さんが姿を現していた。一気に風情も何もなくなっていた。

「だからそれ別人です」
「まぁ、いいじゃないか。デリカット」
「それ、もう元の名前残ってないんですけど」
「まぁまぁ。そんなことはともかく、なんだ。有子は一緒じゃないのか」

 回りをきょろきょろと見回していた。ありすがいないか探しているのだろう。

「今日は一緒ではないですよ。と、いうか朝早くからどこかに出かけていきました。神様に会うとかなんとか言ってましたけど」
「そう……か。神様か」

 僕の言葉になぜか健さんは少しだけ言いよどんだ。

「まだ信じてやがるんだな。あいつは」

 そしてぽろりと小声で言葉を漏らす。

「信じているって?」
「……おっと。余計な事いっちまったな。ま、一緒じゃないならいいんだ。デリカットに渡す訳にはいかんからな」

 健さんは少し息を吐き出すと、それからいつものように憎まれ口を叩く。あんまり憎らしくもなかったけれど。

「いや。別に僕はありす――有子(ゆうこ)さんとどうこうある訳じゃないんですけど」
「なにぃ。てめぇ。有子が可愛くないっていうのか。男なら、そこは力尽くでも奪っていくところだろうがっ」
「このくだり昨日もやりました。というか、奪っていってほしいんですか」
「んなわけあるかっ。心構えの問題をいってるんだっ。ええい。このすっとこどっこいがっ」

 口は少しばかり悪いけれど、口調ほどには文句を言われているような気はしない。むしろ軽口をたたき合っている感じで、どこか親しみを持てる。

 少しばかり不思議な人だなとは思う。あまり身の回りにはいなかったタイプの大人だ。

「有子は可愛いだろうが。そりゃあもう、世界一可愛いだろうが。ええっ」
「世界一かどうかは知らないですけど、可愛いとは思いますよ」
「そうだろうそうだろう。だがお前にはやらんがな」
「いや、だから別にそういうのじゃないんですけど」

 漫才のように軽快にやりとりを繰り広げると、健さんは再びふうと大きく息を吐き出す。

「けどまぁいつかはこんな日がくるとは思っていたよ。男親っつうのは、わびしいもんだな。だけどあいつが選んだ相手なら仕方がねぇ。いいか。絶対不幸にするんじゃねぇぞ」
「いや、なんで結婚報告にきた娘の相手みたいな位置づけになってるんですか、僕は」
「ええいっ。やっぱりこんな奴に可愛い娘をやれるかっ。奈々子(ななこ)、塩もってこい。塩っ」

 と言いながら振り返るが、そこには奈々子さんの姿はない。僕が出かけた時にも家にいたから、恐らくまだ家で家事をやっているだろうとは思う。

「ち。農作業の帰りだったな、今は。奈々子は家にしかいなかったわ」

 ぶつぶつと口の中で呟いているが、たぶん奈々子さんがいたらいたで「お塩がもったいないからだめです」と怒られていただろう。

「まぁそろそろ昼飯の時間だからな。ちゃんと帰ってこいよ」
「わかりました。というか、食事までごちそうになってしまってすみません」
「いいってことよ。飯はみんなで食った方が美味いからな」

 健は言いながら、豪快に笑みを浮かべていた。たぶん細かい事にはこだわらない方なのだろう。
 ただこうみんなからありすの彼氏的な扱いを受けていると、最初は特に考えてもいなかったけれど少しばかり意識してしまう。
 ありすはちょっと中二病っぽいところはあるけれど、確かに可愛いとは思う。まだ出会って時間は経っていないけれど、それでも優しいいい子だというのはわかる。好きになっていたとしてもおかしくはないとも思う。

 それでもまだ二人の間をつなげられるほどの時間は経っていなくて、ありすのは事を異性として強く意識したことはなかった。
 何かで人は言葉に引きずられる事もあるって言っていたなと、不意に思う。つまり皆がありすとの関係を強調してくるだけに、僕もそれに引っ張られているのかもしれない。
 そんな事を考えていた時だった。

「あ、お父さん。また謙人(けんと)さんにちょっかいかけてるの? だめだよー。絶対春渡しはするからね。私と謙人さんで」

 背中から声をかけられる。振り返るといつの間にかありすがすぐにそばにやってきていた。
 ミーシャも一緒のようで、ありすの足下に黒猫が佇んでいる。

「いや、有子。ちょっかいなんてかけていないぞ。そろそろ昼だからな。デリカットと昼にしようという話をしていたところだ」

 慌てた様子で健さんはありすの言葉を否定するが、ありすはちょっと怒ったような様子で健さんの手をひっぱり始める。

「もう。お父さん。謙人さんはデリカットじゃないよ。四月一日さんだよ。そういうぼけはいいからさっさとおうちにもどって」
「いや、ぼけじゃなくてな……」
「いいから、はやく。ほらっ。もうてきぱき歩いて。あ、謙人さんもご飯にしましょう。お母さんが用意してくれていると思います」
「いや、しかし……」
「いいから。ほら」

 なおも言いつのる健さんの言葉は聞かずに、ありすは背中をおして連れ去っていく。
 娘に弱すぎるなぁと思いつつも、僕も後をついで歩き出した。

「やれやれ、彼らはいつも変わらないね。でも、ボクらも続くとしようか」

 ミーシャの声が背中から聞こえてきていた。



「ごちそうさまでした」

 食事を終えて、僕は手を合わせる。
 まだ隣の席でありすはちまちまと食事を進めていた。短いつきあいだけれど、ありすの食べる速度がかなり遅いと言うのはすぐにわかった。
 (けん)さんはまだ仕事が残っているらしく、食事を済ませるとすぐに出て行っており、奈々子(ななこ)さんは台所で片付けをしている。ここには僕とありす、そしてミーシャしか残されていない。

「お母さんの料理、美味しいですよね。こんなに美味しいご飯を作ってくれるお母さんを見習いたいなってずっと思っているんです」

 ありすはにこやかに笑いかけてくる。こうして笑顔を向けていると可愛さがより際立つような気がする。
 と、台所の方から奈々子さんの声が響いてくる。

有子(ゆうこ)ちゃん、いま手伝ってくれてもいいのよー。それともお夕飯は一緒に作る?』
「え、えーっと。また今度ーっ。今日は春渡しの準備もあるしっ」
『あらあら、仕方ないですね。また今度にしましょう』

 慌てた様子で答えるありすに、台所からどこか余裕のある声が響く。
 こんな日常をこの家族はずっと繰り広げてきたのだろう。

 僕の家族は決して仲が悪い訳ではなかったけれど、一緒にいる時間は少なかったかもしれない。父はいつも忙しかったし、母も同じように仕事に追われていた。兄は就職する前まではそれでも一緒にいる事も多かったけれど、仕事を始めてからは両親と同じように帰りも遅くなった。
 僕は家で一人でいる事が多かったと思う。

 休みの日には家族で過ごしていた事もあったけれど、ただ両親の休みの日はとても少なかった。会社を経営するというのは、自分の時間を犠牲にするという事なのかもしれない。
 だからありすが、この家族が少しばかりうらやましい気もしていた。わざわざ仕事を中断して家で食事をとる健さんや、それを迎える奈々子さんやありす。
 もしも自分に新しい家族が出来るのならば、こんな風な家族でありたい。一緒にいられる家族でありたい。そう思った。

謙人(けんと)さん。どうかしましたか?」

 ありすはいつの間にか食事は終えていたようで、僕の顔を心配そうにのぞき込んでいた。

「いや、なんでもないよ」
「それならいいんですけど。あ、そうだ。謙人さん。午後は予定はありますか?」

 ありすは不意に思いついたように両手を合わせて柏手を打つ。

「特に何もないけど」
「だったら、一緒にきてもらいたいところがあるんですけど、いいですか?」
「いいよ。どうせ暇だしね」
「えへへ。じゃあ、さっそく準備してきますね。すぐ行きましょう。謙人さんもお手洗いとかあったら、先にいっておいてください」

 ありすは一転して嬉しそうな顔を浮かべると、自分の部屋の方へと向かっていく。

「ふーん。どうやらあそこにいくつもりみたいだね」

 ミーシャはつぶやくように告げると、それから大きくあくびを漏らしていた。今まではテーブルの下に隠れていたようだ。

「ミーシャはどこにいくかわかっているの?」
「まぁね。そもそも有子のやる事ならだいたい予想がつくよ。長いつきあいだし」

 ミーシャはぴょんと椅子の上に飛び乗ると、それから僕の方をまっすぐにじっと見つめてくる。

「君はずいぶん有子に好かれたみたいだね」
「え、どこからそんな話に」

 突然の台詞に僕は驚きを隠せなかった。
 確かに嫌われてはいないとは思っていたけれど、かといってそこまで好かれるほどの何かがあった訳でもない。強いて言うならば占いの話くらいだろうか。

「これから行く場所にいけばわかるさ」

 ミーシャはそういって、これ以上の答えは返してくれなかった。

「まだかかるのかな」

 しばらく歩いていたが、思っていたよりも距離があった。そこそこ歩いたとは思う。
 旅を続けているだけに多少歩くのはそれほど苦にはならない。しかしどこに向かっているのかもわからない道のりは、少しばかり骨が折れる。

「もうつきますよー。ここを登ればすぐです」

 ありすは小高く盛り上がった場所を指さす。
 確かにそこを登れば終わりというのならば、もうそれほど距離はない。
 僕は気力を取り戻して、目の前に見える土手を登り始める。

「はい。つきました。謙人さん、見えますか?」

 ありすの声に僕は土手を上りきって、その向こう側へと目を向ける。
 そこにあったのは、一面のひまわり畑だった。
 大きな黄色い花びらが一斉に風に揺れていた。
 僕達が背にした太陽へと向けて、ただ笑うようにその花を揺らす。
 ゆらゆらと、風の中に黄色だけが波のように揺れては引いていく。
 ありすよりも背の高いひまわりは、この先全ての場所を包みこむように広がっている。

「すごい……」

 それ以上、この光景を表す言葉を僕は持っていなかった。
 ただ黄色と緑と茶色だけが世界を満たしていた。

「気に入ってもらえましたか。ここは私のお気に入りの場所なんです」

 ありすは土手の上に腰掛けると、その先に広がるひまわりをじっと見つめている。
 ひまわりに何か語りかけるように見つめるありすに、僕はなぜか目を離せなかった。

「ひまわりって、お日様の方をずっと向いているんですよ。知っていました?」
「理科の時間か何かに習ったような気がする」
「ふふ。不思議ですよね。これだけの数のひまわりが、ゆっくりとお日様を追いかけていくんです。どんなに背を伸ばしてもお日様には届かないのに」

 ありすは僕に背を向けたまま、ひまわりの方をじっと見つめている。

「だからでしょうか。ひまわりの花言葉は『あなただけを見つめている』なんだそうですね。謙人さん、知っていましたか?」
「いや、知らなかった」

 僕はありすとひまわりを交互に少しずつ視線を送る。
 あなただけを見つめている。
 ずっと回りの人達からありすの事を意識させられ続けてきたから、そこにこんな事を言われると嫌でもありすの事を考えてしまう。
 ありすはただ花言葉を教えてくれただけだろうし、深い意味なんてないのだろう。
 だけどなぜか彼女から目を離せなかった。

「ひまわりはずっとお日様を追いかけて、追いかけて、でも届かなくて。届かない想いをずっと胸に抱いているんだと思うと、なんだか切ないですね」

 ありすは僕の方に振り返る事もなく、背を向けたまま静かな声で告げる。
 風がひまわりを揺らしている。

「まぁ、ひまわりが実際に太陽を追いかけるのは花が咲くまでの間で、咲いてしまったらもうほとんど動かないんですけどね」
「そうなんだ?」
「花が咲いてしまえばもうお日様を追いかけなくてもいいのかもしれませんね」

 なんだか寂しそうに告げると、それから自分の背よりも高いひまわりをじっと見つめていた。

「それともどれだけ追いかけても届かないから諦めてしまうのかもしれません」

 ひまわりの花は何も答えずに、ただそこに花を咲かせている。

「私、ここで神様を見たんです。神様の記憶は確かに私の中に残っています」

 ありすは空を見上げながら、ゆっくりと手を伸ばす。
 まるで空の上の雲をつかもうとするかのように。
 だけどもちろん届くはずもなくて、ただまっすぐ上げた腕は虚空をつかむ事しかできなくて、何一つ手にはできずにゆっくりとその手を下ろす。

「私が魔女になったのは、たぶんその時からです。謙人(けんと)さんは、そんな記憶がありますか? 人生が変わってしまうような、そんな記憶です」

 ありすは静かな声で僕に問いかける。
 その瞳が笑っているのか、泣いているのか。背を向けたままだから、僕にはわからなかった。
 ただどこかで僕はこれと同じような光景を見たことがある気がしていた。
 どこかで見たひまわり畑の中で、誰かと話していた。
 誰かは覚えていない。だけど何かが僕の頭の中で引っかかっている。
 でも考えても答えはでなくて、僕はただ息を飲み込む。

有子(ゆうこ)。それはたぶん錯覚だよ。君は魔女ではないし、神様なんているはずがない」
「わわわっ。有子って言わないで。ありす。ありすって呼んでよぅ」

 僕の代わりにミーシャが答えていた。そのあとはいつもと変わらない二人のやりとりが繰り広げられている。

「はいはい。ありすね」
「それに神様はいるよ。いるもん。私は信じてる」

 ありすはちょっと口をすぼめながら、でも笑顔で答えていた。
 ひまわりの花が風に吹かれて揺れていた。
 静かに静かに。ただ波のようにゆらめていた。

「神様か。まぁ(いわし)(あたま)信心(しんじん)からとは言うけどね」

 ミーシャはつまらなさそうにつぶやくと、大きく口を開けてあくびを漏らす。

「でもこの場所が君にとって大切な場所であるのは確かだろうね。そしてこの場所に彼を連れてくるってことは、いよいよ決心を固めた訳だ」
「うん。決めたよ」

 ありすは少しだけ顔を落として、でもすぐに僕の方へと振り返る。

「謙人さんは神様を信じていますか?」

 静かな口調で告げる。

「神様っていうとキリストとか、そういうのかな。いや、あんまり信じてはないけど」
「そういう神様もいるかもしれませんけど、私の言っている神様とはちょっと違いますね。お米の一粒には七人の神様が宿っているとか、そういう神様です」

 僕は神様を信じていないと言ったにもかかわらず、ありすはにこやかに、むしろ嬉しそうに笑顔を向けていた。

「お米の中にいる神様は七福神って説もあるのですけど、土、風、雲、水、虫、太陽、そして作る人っていう説もあるんですよ。私が信じている神様はそういうのです。誰がみていなくてもお天道様(てんとうさま)が見ているって、小さい頃はお父さんやお母さんによく言われました。だからまっすぐに生きないといけないって」

 ありすは静かな声で、淡々と告げる。

「だからうそをついちゃいけないんです。うそつきは地獄で閻魔大王に舌をぬかれちゃうんですよ。怖いですよね」

 口元を抑えながら、少し冗談っぽく告げる。

「確かにそれは困るなぁ」

 ありすに話を合わせてうなずく。
 閻魔大王の話は子供の頃に聞いたことがあるし、たぶん誰でも知っているような話だとは思う。だけどもちろん信じてはいないし、それに仮に本当だとしても確かめる術もない。
 でもありすが本気で信じているのだとすれば、否定する必要もないかなとは思った。

「まぁまだ死んだ事はないので、ほんとかどうかはわからないですけどね」

 笑顔を漏らしながら、ありすは僕の鼻先にのばした指を軽く伏せさせた。
 少しだけ胸が強く動いた。

「それにしても謙人さんと一緒にいると楽しいです。一緒にいろんなことをしていきたいです。せっかくなので、この村にずーっといませんか?」

 ありすは期待に満ちた瞳で僕の顔をのぞき込んでいた。

「さすがにずーっとは居られないなぁ。今も旅の途中だし」
「そういえば謙人さんはどうして旅をしているんですか」

 首をかしげながら、ありすは僕に問いかけてくる。
 その言葉に僕は少しだけ答えに詰まっていた。
 正直僕自身もその答えは持ち合わせていない。

「わからない。わからないから旅をしている」

 正直に答える。もしかしたら馬鹿にされるかもしれないけれど、それ以外の言葉を僕は持ち合わせていなかった。

「いいなぁ」

 だけどありすは馬鹿になんてすることもなく、ただ僕を見る目を輝かせていた。

「私、ずっとこの村にいるから、いちどくらい村の外に出てみたいです」
「え。村の外に出た事ないの? もしかしていちども?」
「あ、もちろん(ふもと)の街くらいなら用事があって出かけることは無い訳じゃないですけど、旅行とかそういうのには行ったこと無いです。どこか遠く。生活圏じゃないところにいってみたいなぁって」

 ありすはそう言いながらも楽しそうに笑う。

「私も外の世界に行ってみたいんです。だからこんど私も一緒に旅につれていってほしいです」

 朗らかに告げるありすは、言葉の深い意味なんて考えてもいないようだった。
 だけど二人で一緒に旅をする。僕はそれは特別な意味をもっていると思う。
 僕は何と答えていいのかわからずに、ただ口をつぐんでいた。
 だけどありすも特に答えは求めていなかったのか、それ以上は何も言わなかった。また波のように風に揺れるひまわりをじっと見つめていた。
 その姿をみて少しだけわかった。ありすにとってはこの場所は特別な場所なのだろう。
 その特別な場所に僕を連れてきたということは、ありすにとって、僕も特別だという意味なのかもしれない。
 少しだけ胸が高鳴る。
 勘違いかもしれない。ありすは何を告げた訳でもない。
 回りがはやし立てるから、その気になってしまっただけなのかもしれない。
 だけどこの時間が何だか心地よくて、僕はありすの隣でじっとひまわりを見つめていた。