君は暗闇の中を照らす俺にとって灯りだった。
君の光はあたたかくて、心地よくて。
ある時、少しの違和感に気付いた。過ごす時間が増えるにつれて、違和感の正体がわかった。
未蘭が幽霊だから俺の目に視えているとしたら……。不思議と怖いと言う感情はなかった。
それで出会うことができたのなら、その出会いに感謝をしたい。そう思ったんだ。
「私の7日間の記憶はなくなる」
彼女は震えた声でそう告げた。
その言葉の意味は、俺にもわかる。
俺と過ごした日々の記憶は忘れてしまうということ。
楽しい思い出も、交わした会話も、芽生えたかけがえのないこの想いもすべて。
7日間限定の彼女と約束をした。
視えなくなっても、君をみつける、と。
そう約束した途端、君は俺の前からいなくなった。未蘭が今どこでなにをしているのかわからない。
もしかしたら、早川未蘭という魂はこの世にいないかもしれない。
叶うならば、素敵な来世に生まれ変わってほしい。
存在するのかわからない神様に願った。
いつもと変わらない学校。騒がしい生徒の笑い声や話し声。
いないと頭ではわかっていても、白杖の音をコツコツと響かせながら、校舎を探し回った。いくら歩いても、未蘭の光が視えることはなかった。
行かない方がいいと、頭で分かっていても、勝手に足が向いてしまう。
それは、仮死状態の未蘭が入院していた病院だ。
廊下から病室を覗き込むも、ベッドは空だった。
最悪のシナリオが頭に浮かぶ。
ナースステーションに行き、看護師さんに確認する。カルテを見に行くとその場を離れた。待つ時間がやけに長く感じる。
戻ってきた看護師は「うーん」言葉を詰まらせながら、言いにくそうに感じる。答えを聞くのが怖かった。やっぱり、未蘭は、もう……。想像する最悪の想定が頭に浮かんだ。言葉と言葉の間が、果てしなく長く感じる。
「早川さんは、病棟を移動したの。今のご時世、個人情報だから……どこの病棟かは言えないの。ごめんなさい」
申し訳なさそうに告げると仕事に戻って行った。
――未蘭が生きてる。
その事実が嬉しくて、張り詰めていた緊張が解けた俺は、その場にしゃがみこんだ。
「ははっ、こんなに嬉しいことはない」
自然と顔も緩んでしまう。やばい、嬉しくて泣きそうだ。人前で泣くなんて出来なくて唇をぎゅっと噛んだ。
いつ会えるだろう。
きっと、俺との記憶は消えてしまっただろう。
7日間の記憶が消えても、未蘭が生きている。その事実だけで十分だった。
幸運なことに、俺の7日間の記憶は残った。
病気になっても前向きに生きてる俺に神様からのご褒美か?そんなお花畑のようなことを考えてしまう。
また会えたなら、なんて声をかけよう。
顔が見えない愛しい彼女に。
期待に心弾ませていた。病棟を教えてもらえないので、学校にくる日を待つ他ない。しかし、待てども待てども美蘭は学校には来なかった。
何度か二年生の教室に行き、未蘭の状況を聞いてみたけど、分かる者はいなかった。
時が過ぎるにつれて不安が募っていく。その不安を拭うように、未蘭と話した公園へと向かった。
未蘭が消えてしまった後も、この公園によく来ていた。7日間限定の彼女に会える気がして、足が自然と公園へ向いてしまうんだ。
公園では、ラブソングが流れ始めた。
この歌が流れることで、視覚に障害があり時計が見えない俺にも、18時になったと聴覚で教えてくれる音楽はありがたい。
「この公園は歌が流れるんかい? 珍しいね」
背後から、年配と思われる人の声が聞こえた。誰かに尋ねてるようだった。
「この公園は18時に歌が流れるんですよ」
――聞き覚えのある声がした。
忘れるはずのない愛しい人の声だった。
振り返ると、昼間だけかすかに残る視力で、女性のように見える。彼女が笑うと顔のパーツが光って見えた。
「未蘭、」
本当は少し不安だったんだ。目の見えない俺が、本当に君を見つけられるのか。
不安になる必要なんてなかった。
いつだって君は、俺にとっての光だった。
見つけられないわけがない。
未蘭はきっと俺のことを覚えていない。
だけど、約束したんだ。もう一度、恋をする。と
もう一度君を好きになるし、俺を好きにさせると。
「……未蘭?」
「え?」
突然話しかけられた未蘭は、驚いた声を上げた。昼間に残された微かな視力で彼女の姿を目に焼き付けた。
「え? えっと……3年の来衣先輩ですよね? なんで私の名前を……あ、私同じ学校の二年で。あっ、来衣先輩は有名人だから知ってました」
「俺も知ってる」
待ち望んでいた愛しい未蘭に出会えて、堪らなく嬉しくて、堪らなく愛おしい。
今すぐに抱きつきたかった。必死に我慢をして俺は平然を装い続ける。
「え、もしかして事故って入院してたこと噂になってます?」
「7日間の記憶は――?」
「なんか、7日間眠り続けてたみたいです。なので、浦島太郎状態です。ははっ」
7日間の記憶はないみたいだ。
分かっていたことだが、記憶が消えてしまったことに、心臓辺りがひどく痛む。
「でも――とても目覚めがよかった、です」
「え?」
「なんていうんだろう。満ち足りたような気持ちで目覚めたというか……訳わからないですね」
「7日間の君は幸せだったんだよ」
そう伝えると、戸惑っている様子が伝わってくる。
我慢してたはずなのに、腕が勝手に愛しい彼女の顔へと伸びていく。
ふわっと温かい頬に触れる。未蘭に触れれることが嬉しくて涙が込み上げてくる。
「俺と、もう一度、恋しませんか?」
もう一度ここから始める。
俺と君の物語。
7日間の彼女の記憶はないけれど、俺の胸には色褪せることなく、残り続けることだろう。
もう一度、好きになるし、
もう一度、俺を好きにさせる。
複雑に絡み合い、たくさんの人に出会う中で最愛の人に出会えた。
同じ世界で、同じ時間に、同じ空間で、一緒に時を過ごせることは奇跡なんだ。
その奇跡が今目の前にある。
こんなに幸せことはない。
7日間の彼女の記憶はなくなってしまったけど、あの時の彼女の想いは、今も俺の心の中に生き続けている。
偶然が重なって、7日間の君と恋をした。
今度は必然に、君と恋をする。
今はまだ伝えられないけれど、
いつか伝えよう。
好きです、と。
大切なあなたに。
fin