卒業後、私は結婚式の準備を始める。
通常、ドレスや装身具などの身の回りの品は母親と選ぶのだが、母はすでに亡くなっている。代わりに、侍女達が親身になって手伝ってくれた。
彼女達は嫁ぎ先であるロンリンギア公爵家にもついてきてくれるらしい。
なんでも実家から侍女を連れてくるというのは、貴族の中では前代未聞だという。
通常、花嫁は身ひとつで嫁いでくるからだ。
アドルフが侍女はどうすると相談してきたときに、ダメ元で意見してみた。それが採用されたので、私は慣れ親しんだ侍女と離れ離れにならずに済んだわけである。
理解あるアドルフには感謝しないといけない。
ふたつ年上の従姉、ルミもヴァイグブルグ伯爵家を訪問し、結婚式の準備を手伝ってくれる。
「リオニーさん、あまり頼りにならなくて、ごめんなさいね」
「いいえ、お気になさらず。今は大事な時期ですから、無理なさらないで」
ルミは去年、結婚した。夫となった男性は優しい人で、ふたりはお似合いだったのだ。
そして現在、ルミのお腹には小さな命が宿っている。嫁ぎ先が近所なので、歩いてやってくるのだ。
行きと帰りに侍女やメイドを大勢引き連れているので、ルミは恥ずかしいと言っていた。なんでも、夫から同行させるように厳命されているらしい。
過保護だと言うが、妊婦はそれくらい大事にしないといけない。
私も可能な限り、ルミがやってくる日は送り迎えするようにしている。
「それにしても、リオニーさんは三年間、よく頑張りましたね」
「アドルフやランハート、一部の学校関係者には女であると露見してしまいましたが」
「周囲の理解を得られたというのは、リオニーさんの努力の結果です」
「ルミさんのお手紙も、私を励ましてくれました」
「そう言ってくれると、とても嬉しいです。手紙にあった一番のお友達とは、連絡を取り合っていますの?」
「ランハートのことですか?」
「ええ」
一時期、あまりにも心配するので、親切なお友達ことランハートの存在に手紙で触れていたのだ。
「彼とは、アドルフ公認で文通していますの」
卒業後、なんとかランハートと連絡を取りたいと思ったのだが、婚約者以外の男性と会うのは外聞が悪い。さらに、手紙の交換も誤解されては困る。
アドルフが送り続けていた薔薇の花束と恋文の一件で、私は手紙という連絡手段に対し、警戒心を抱いていた。
どうにかしなければと考えた結果、アドルフに相談したところ、意外な提案を受ける。
それはランハートの手紙を、アドルフを通して送り合えばいい、というものだった。
さっそくランハートに相談したら、新たな条件が付けられる。それは、届いた手紙は一度アドルフが開封し、内容を確かめてもいい、というものだった。
ランハートはアドルフの嫉妬を恐れているようで、心配するような内容ではないと確認させたかったのだろう。その条件を、私も受け入れたのだった。
そんな感じで、ランハートとは文通を始めている。
「魔法騎士になった彼は、実力を買われて、国王陛下の近衛部隊に配属になったそうで」
「将来が楽しみですね」
「本当に」
影ながら、ランハートの活躍を応援していた。
「と、お喋りしている場合ではありませんわね。リオニーさん、手を動かしませんと」
「そうでした」
現在、私はルミと婚礼衣装に使うレースを編んでいた。
我が国では伝統として、首元に使うレースを花嫁とその家族が作るのだ。
ルミは母親のいない私の代わりに、手伝うと名乗り上げてくれた。
「リオニーさん、もうひと頑張りですよ」
「ええ」
口ではなく、手を動かし、必死になってレース編みを進めたのだった。
◇◇◇
アドルフは魔法学校の卒業後、国王陛下の側近として働き始めた。
忙しい日々を過ごしているのに、ヴァイグブルグ伯爵家を頻繁に訪問してくれる。
今日は結婚式の招待客をピックアップし、招待状作りをせっせと行う。
大量に作った招待状の中には、ロンリンギア公爵夫人宛てに作ったものもあった。
明日、これを届けに行く予定だ。
なんと、驚くべきことに、ロンリンギア公爵も一緒だという。家族が数年ぶりに、一堂に会するようだ。
「もしかしたら、父と母が揃う機会は、俺が赤ん坊のとき以来かもしれない」
「ドキドキしますね」
「嫌な意味でな」
あれから数ヶ月経ち、ロンリンギア公爵夫人の容態は快方に向かっているという。ここ最近は庭へ散歩に出かけるほどの体力も回復してきたようだ。
さらに家族の近況についても、聞きたがっているらしい。
タイミングは今しかない、と決意したようだ。
翌日――竜車に乗ってグリンゼル地方を目指す。
ロンリンギア公爵と一緒の空間で、しばらく過ごすという初めての体験をした。
「小娘、竜車は怖くないのか?」
「ロンリンギア公爵、リオニーさん、ですわよ」
「小娘め、さん付けで呼んでもらおうとするとは、なかなか度胸があるな」
「父上、いい加減、リオニーの名前を覚えてください」
ロンリンギア公爵はチッと舌打ちし、懐からシガーケースを取り出す。
私はすぐさまそれを奪い取り、アドルフへ手渡した。
「空の上の車内は禁煙ですわ。どうしても吸いたいのであれば、飛行中のお外へどうぞ」
「……」
ロンリンギア公爵は何も言い返さず、窓の外の景色を眺め始めた。
今度、空の旅に出るときは、ロンリンギア公爵のために、シガレット型のクッキーを作ってこようと心の中で誓った。
若干の気まずさとともに、グリンゼル地方へと到着する。竜車は直接別荘の庭へ着地した。
すでに夜になっており、ロンリンギア公爵夫人がいるであろう部屋にだけ灯りが点されている。
ドキドキしながら、案内された寝室へと向かった。
家族が再会する場に、私がいてもいいものか。まずは家族水入らずで、と言ったら、傍にいるように、とアドルフとロンリンギア公爵の両方から言われてしまった。
扉が開かれると――ロンリンギア公爵夫人は、上体を起こした姿でいた。
やってきた私達を見て、驚いた表情でいる。
一応、アドルフが知らせていたようだが、ロンリンギア公爵までやってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「久しいな」
ロンリンギア公爵がそう声をかけると、ロンリンギア公爵夫人は顔を逸らし、震える声で言葉を返した。
「今さら、なんの用ですか」
「俺達の息子が立派に育ち、嫁を迎えるから、紹介にやってきたのだ」
ロンリンギア公爵は、アドルフと私の背中を押し、一歩前に押しやる。
「母上、お久しぶりです。今日は、婚約者のリオニー……リオニー・フォン・ヴァイグブルグを紹介しにきました」
「そう」
ドレスの裾を摘まみ、頭を下げる。
ロンリンギア公爵夫人は感情のない瞳で、私を見つめていた。
「初めまして、ロンリンギア公爵夫人。お目にかかれて、幸せです」
「……」
顔を逸らし、窓の外を眺めた瞬間、今だと思う。
「実は、ロンリンギア公爵夫人に、贈り物を用意しまして。窓の外にある夜空をご覧ください」
私はアドルフと共に、魔法を発動させる。
それは、大叔母が考案した魔法のイルミネーション、〝輝跡の魔法〟だ。
夜空に流れ星がいくつも瞬き、光の花が開花する。
星のシャンデリアや光の噴水、きらめく川など、輝跡の魔法は夜の空を美しく彩る。
私が魔法学校で学んだ集大成として、ロンリンギア公爵夫人に見てもらいたかったのだ。
ロンリンギア公爵夫人は輝跡の魔法を眺めつつ、「きれい……」と呟く。
瞳には真珠のような涙が浮かび、静かに流れていった。
魔法はまだまだ続く。
ロンリンギア公爵は夫人に近付き、そっと肩を支える。夫婦は見つめ合い、目と目で会話をしているようだった。
ふたりきりにさせよう。そうアドルフに耳打ちすると、頷いてくれた。
輝跡の魔法は大成功だった。
夫婦ふたりの関係は、わからない。それに関しては、本人達次第なのだろう。
ひとまず、私はやりたかったことのひとつを無事に達成できたのだった。
◇◇◇
一年後――私はついにアドルフとの結婚式の日を迎えた。
純白の婚礼衣装に袖を通し、オレンジの冠とベールをルミに被せてもらう。
「リオニーさん、どうか、お幸せに」
「ルミさん、ありがとう」
彼女と作ったレースは、私の首元を美しくしてくれていた。
「今日という日を迎えられて、本当に幸せです」
涙がじんわり浮かんできたが、化粧が崩れてしまうと周囲の人達を慌てさせてしまった。
礼拝堂には多くの参加者がすでに花婿と花嫁を待っているらしい。
あの引きこもりとして有名なリオルも、参列してくれているという。
ロンリンギア公爵夫人は、まだ来ていないとのことだった。
家族の再会から一年、ロンリンギア公爵夫人はずいぶん元気になったという。
あれから私とロンリンギア公爵夫人は文を交わすようになり、週に一度は近況を報告し合っていた。ロンリンギア公爵も、半月に一度はグリンゼル地方の別荘を訪問していたらしい。
夫婦仲は修繕しつつあるようだ。
そろそろ時間らしいので、ルミと別れて礼拝堂の外へと向かう。
ガチガチに緊張した父と合流した。顔面蒼白で、ガタガタと震えている。大丈夫なのかと心配になった。
空からチキンが飛んで来て、肩に止まった。
『今日はすばらしい結婚式日和ちゅりねえ』
「本当に」
チキンから父は寒いのかと質問されたが、そういうことにしておいた。
ついに、結婚式が始まる。礼拝堂の扉が開かれ、真っ赤な絨毯の上を父と共に歩く。
参列者の中に、さっそくランハートを発見した。厳かな雰囲気だというのに、元気よく手を振っている。彼は相変わらずのようだった。
ルミも生まれた子どもと夫と一緒にいた。おめでとう、と目線で訴えてくるのがありありとわかった。感謝の気持ちを込めつつ、少しだけルミを見つめた。
前方座席にはリオルの姿があった。すでに飽きました、という表情でいる。もう少しだけ我慢をしてほしい。そう、心の中で願ったのだった。
ロンリンギア公爵が偉そうにふんぞり返っているのは想像通りだったが、その隣にロンリンギア公爵夫人の姿もあった。
淡く微笑みながら私を見たので、泣きそうになる。
まさか、参列してくれるなんて……! こんなに嬉しいことはないだろう。
アドルフが私を迎え、父はお役御免となった。
彼と腕を組み、祭壇の前まで歩いていく。
神父が結婚の宣誓を読み上げた。お決まりの言葉だが、胸にジンと響く。
「――汝らは幸福を感じるときも、苦難を感じるときも、裕福なときも、貧しいときも、喜び、悲しみのときも、共にわかちあい、相手を敬い、慈しむことを誓いますか?」
アドルフと私は見つめ合い、頷く。共に誓った。
神父から誓いのキスを促され、アドルフはベールを上げた。
一度接近し、耳元で囁く。
「リオニー、とてもきれいだ」
不意打ちの言葉に、顔が熱くなる。きっと私の顔は真っ赤になっていることだろう。
アドルフは私の肩に触れ、優しくキスをする。
ふたりの誓いは、永遠のものとなった。
こうして無事に、私はアドルフの妻となった。
人生、何が起こるかわからないと、しみじみ思う。
平々凡々な貴族令嬢だった私が、魔法学校に通い、同級生でライバルであるロンリンギア公爵家の嫡男と結婚したのだから。
彼と築く家庭では、きっと楽しい毎日が送れるだろう。
そう確信していた。
この日、私は世界で一番幸せな花嫁になったのだった。
引きこもりな弟の代わりに男装して魔法学校へ行ったけれど、犬猿の仲かつライバルである公爵家嫡男の婚約者に選ばれてしまった……! 完
通常、ドレスや装身具などの身の回りの品は母親と選ぶのだが、母はすでに亡くなっている。代わりに、侍女達が親身になって手伝ってくれた。
彼女達は嫁ぎ先であるロンリンギア公爵家にもついてきてくれるらしい。
なんでも実家から侍女を連れてくるというのは、貴族の中では前代未聞だという。
通常、花嫁は身ひとつで嫁いでくるからだ。
アドルフが侍女はどうすると相談してきたときに、ダメ元で意見してみた。それが採用されたので、私は慣れ親しんだ侍女と離れ離れにならずに済んだわけである。
理解あるアドルフには感謝しないといけない。
ふたつ年上の従姉、ルミもヴァイグブルグ伯爵家を訪問し、結婚式の準備を手伝ってくれる。
「リオニーさん、あまり頼りにならなくて、ごめんなさいね」
「いいえ、お気になさらず。今は大事な時期ですから、無理なさらないで」
ルミは去年、結婚した。夫となった男性は優しい人で、ふたりはお似合いだったのだ。
そして現在、ルミのお腹には小さな命が宿っている。嫁ぎ先が近所なので、歩いてやってくるのだ。
行きと帰りに侍女やメイドを大勢引き連れているので、ルミは恥ずかしいと言っていた。なんでも、夫から同行させるように厳命されているらしい。
過保護だと言うが、妊婦はそれくらい大事にしないといけない。
私も可能な限り、ルミがやってくる日は送り迎えするようにしている。
「それにしても、リオニーさんは三年間、よく頑張りましたね」
「アドルフやランハート、一部の学校関係者には女であると露見してしまいましたが」
「周囲の理解を得られたというのは、リオニーさんの努力の結果です」
「ルミさんのお手紙も、私を励ましてくれました」
「そう言ってくれると、とても嬉しいです。手紙にあった一番のお友達とは、連絡を取り合っていますの?」
「ランハートのことですか?」
「ええ」
一時期、あまりにも心配するので、親切なお友達ことランハートの存在に手紙で触れていたのだ。
「彼とは、アドルフ公認で文通していますの」
卒業後、なんとかランハートと連絡を取りたいと思ったのだが、婚約者以外の男性と会うのは外聞が悪い。さらに、手紙の交換も誤解されては困る。
アドルフが送り続けていた薔薇の花束と恋文の一件で、私は手紙という連絡手段に対し、警戒心を抱いていた。
どうにかしなければと考えた結果、アドルフに相談したところ、意外な提案を受ける。
それはランハートの手紙を、アドルフを通して送り合えばいい、というものだった。
さっそくランハートに相談したら、新たな条件が付けられる。それは、届いた手紙は一度アドルフが開封し、内容を確かめてもいい、というものだった。
ランハートはアドルフの嫉妬を恐れているようで、心配するような内容ではないと確認させたかったのだろう。その条件を、私も受け入れたのだった。
そんな感じで、ランハートとは文通を始めている。
「魔法騎士になった彼は、実力を買われて、国王陛下の近衛部隊に配属になったそうで」
「将来が楽しみですね」
「本当に」
影ながら、ランハートの活躍を応援していた。
「と、お喋りしている場合ではありませんわね。リオニーさん、手を動かしませんと」
「そうでした」
現在、私はルミと婚礼衣装に使うレースを編んでいた。
我が国では伝統として、首元に使うレースを花嫁とその家族が作るのだ。
ルミは母親のいない私の代わりに、手伝うと名乗り上げてくれた。
「リオニーさん、もうひと頑張りですよ」
「ええ」
口ではなく、手を動かし、必死になってレース編みを進めたのだった。
◇◇◇
アドルフは魔法学校の卒業後、国王陛下の側近として働き始めた。
忙しい日々を過ごしているのに、ヴァイグブルグ伯爵家を頻繁に訪問してくれる。
今日は結婚式の招待客をピックアップし、招待状作りをせっせと行う。
大量に作った招待状の中には、ロンリンギア公爵夫人宛てに作ったものもあった。
明日、これを届けに行く予定だ。
なんと、驚くべきことに、ロンリンギア公爵も一緒だという。家族が数年ぶりに、一堂に会するようだ。
「もしかしたら、父と母が揃う機会は、俺が赤ん坊のとき以来かもしれない」
「ドキドキしますね」
「嫌な意味でな」
あれから数ヶ月経ち、ロンリンギア公爵夫人の容態は快方に向かっているという。ここ最近は庭へ散歩に出かけるほどの体力も回復してきたようだ。
さらに家族の近況についても、聞きたがっているらしい。
タイミングは今しかない、と決意したようだ。
翌日――竜車に乗ってグリンゼル地方を目指す。
ロンリンギア公爵と一緒の空間で、しばらく過ごすという初めての体験をした。
「小娘、竜車は怖くないのか?」
「ロンリンギア公爵、リオニーさん、ですわよ」
「小娘め、さん付けで呼んでもらおうとするとは、なかなか度胸があるな」
「父上、いい加減、リオニーの名前を覚えてください」
ロンリンギア公爵はチッと舌打ちし、懐からシガーケースを取り出す。
私はすぐさまそれを奪い取り、アドルフへ手渡した。
「空の上の車内は禁煙ですわ。どうしても吸いたいのであれば、飛行中のお外へどうぞ」
「……」
ロンリンギア公爵は何も言い返さず、窓の外の景色を眺め始めた。
今度、空の旅に出るときは、ロンリンギア公爵のために、シガレット型のクッキーを作ってこようと心の中で誓った。
若干の気まずさとともに、グリンゼル地方へと到着する。竜車は直接別荘の庭へ着地した。
すでに夜になっており、ロンリンギア公爵夫人がいるであろう部屋にだけ灯りが点されている。
ドキドキしながら、案内された寝室へと向かった。
家族が再会する場に、私がいてもいいものか。まずは家族水入らずで、と言ったら、傍にいるように、とアドルフとロンリンギア公爵の両方から言われてしまった。
扉が開かれると――ロンリンギア公爵夫人は、上体を起こした姿でいた。
やってきた私達を見て、驚いた表情でいる。
一応、アドルフが知らせていたようだが、ロンリンギア公爵までやってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「久しいな」
ロンリンギア公爵がそう声をかけると、ロンリンギア公爵夫人は顔を逸らし、震える声で言葉を返した。
「今さら、なんの用ですか」
「俺達の息子が立派に育ち、嫁を迎えるから、紹介にやってきたのだ」
ロンリンギア公爵は、アドルフと私の背中を押し、一歩前に押しやる。
「母上、お久しぶりです。今日は、婚約者のリオニー……リオニー・フォン・ヴァイグブルグを紹介しにきました」
「そう」
ドレスの裾を摘まみ、頭を下げる。
ロンリンギア公爵夫人は感情のない瞳で、私を見つめていた。
「初めまして、ロンリンギア公爵夫人。お目にかかれて、幸せです」
「……」
顔を逸らし、窓の外を眺めた瞬間、今だと思う。
「実は、ロンリンギア公爵夫人に、贈り物を用意しまして。窓の外にある夜空をご覧ください」
私はアドルフと共に、魔法を発動させる。
それは、大叔母が考案した魔法のイルミネーション、〝輝跡の魔法〟だ。
夜空に流れ星がいくつも瞬き、光の花が開花する。
星のシャンデリアや光の噴水、きらめく川など、輝跡の魔法は夜の空を美しく彩る。
私が魔法学校で学んだ集大成として、ロンリンギア公爵夫人に見てもらいたかったのだ。
ロンリンギア公爵夫人は輝跡の魔法を眺めつつ、「きれい……」と呟く。
瞳には真珠のような涙が浮かび、静かに流れていった。
魔法はまだまだ続く。
ロンリンギア公爵は夫人に近付き、そっと肩を支える。夫婦は見つめ合い、目と目で会話をしているようだった。
ふたりきりにさせよう。そうアドルフに耳打ちすると、頷いてくれた。
輝跡の魔法は大成功だった。
夫婦ふたりの関係は、わからない。それに関しては、本人達次第なのだろう。
ひとまず、私はやりたかったことのひとつを無事に達成できたのだった。
◇◇◇
一年後――私はついにアドルフとの結婚式の日を迎えた。
純白の婚礼衣装に袖を通し、オレンジの冠とベールをルミに被せてもらう。
「リオニーさん、どうか、お幸せに」
「ルミさん、ありがとう」
彼女と作ったレースは、私の首元を美しくしてくれていた。
「今日という日を迎えられて、本当に幸せです」
涙がじんわり浮かんできたが、化粧が崩れてしまうと周囲の人達を慌てさせてしまった。
礼拝堂には多くの参加者がすでに花婿と花嫁を待っているらしい。
あの引きこもりとして有名なリオルも、参列してくれているという。
ロンリンギア公爵夫人は、まだ来ていないとのことだった。
家族の再会から一年、ロンリンギア公爵夫人はずいぶん元気になったという。
あれから私とロンリンギア公爵夫人は文を交わすようになり、週に一度は近況を報告し合っていた。ロンリンギア公爵も、半月に一度はグリンゼル地方の別荘を訪問していたらしい。
夫婦仲は修繕しつつあるようだ。
そろそろ時間らしいので、ルミと別れて礼拝堂の外へと向かう。
ガチガチに緊張した父と合流した。顔面蒼白で、ガタガタと震えている。大丈夫なのかと心配になった。
空からチキンが飛んで来て、肩に止まった。
『今日はすばらしい結婚式日和ちゅりねえ』
「本当に」
チキンから父は寒いのかと質問されたが、そういうことにしておいた。
ついに、結婚式が始まる。礼拝堂の扉が開かれ、真っ赤な絨毯の上を父と共に歩く。
参列者の中に、さっそくランハートを発見した。厳かな雰囲気だというのに、元気よく手を振っている。彼は相変わらずのようだった。
ルミも生まれた子どもと夫と一緒にいた。おめでとう、と目線で訴えてくるのがありありとわかった。感謝の気持ちを込めつつ、少しだけルミを見つめた。
前方座席にはリオルの姿があった。すでに飽きました、という表情でいる。もう少しだけ我慢をしてほしい。そう、心の中で願ったのだった。
ロンリンギア公爵が偉そうにふんぞり返っているのは想像通りだったが、その隣にロンリンギア公爵夫人の姿もあった。
淡く微笑みながら私を見たので、泣きそうになる。
まさか、参列してくれるなんて……! こんなに嬉しいことはないだろう。
アドルフが私を迎え、父はお役御免となった。
彼と腕を組み、祭壇の前まで歩いていく。
神父が結婚の宣誓を読み上げた。お決まりの言葉だが、胸にジンと響く。
「――汝らは幸福を感じるときも、苦難を感じるときも、裕福なときも、貧しいときも、喜び、悲しみのときも、共にわかちあい、相手を敬い、慈しむことを誓いますか?」
アドルフと私は見つめ合い、頷く。共に誓った。
神父から誓いのキスを促され、アドルフはベールを上げた。
一度接近し、耳元で囁く。
「リオニー、とてもきれいだ」
不意打ちの言葉に、顔が熱くなる。きっと私の顔は真っ赤になっていることだろう。
アドルフは私の肩に触れ、優しくキスをする。
ふたりの誓いは、永遠のものとなった。
こうして無事に、私はアドルフの妻となった。
人生、何が起こるかわからないと、しみじみ思う。
平々凡々な貴族令嬢だった私が、魔法学校に通い、同級生でライバルであるロンリンギア公爵家の嫡男と結婚したのだから。
彼と築く家庭では、きっと楽しい毎日が送れるだろう。
そう確信していた。
この日、私は世界で一番幸せな花嫁になったのだった。
引きこもりな弟の代わりに男装して魔法学校へ行ったけれど、犬猿の仲かつライバルである公爵家嫡男の婚約者に選ばれてしまった……! 完