錬金術を完成させ、キャッキャと喜んでいる場合ではない。私はロンリンギア公爵家の降誕祭パーティーに参加するための用意をしなければならないのだ。
幸いにも、アドルフが最先端のドレスを用意してくれた。シルバーグレーの美しい一着だった。それに合わせて、真珠の首飾りや髪飾り、耳飾りなどの|一揃えの宝石(パリュール)を贈ってくれた。当日は母の形見を付けていこうか、などと考えていたので、非常にありがたい。宝飾品も流行があるため、一昔前の物をつけていったら、すぐにバレてしまうのだ。
これだけ高価な品を貰っておいてなんだが、同等のお返しなんてできない。
どうしようかと頭を悩ませたが、何か手作りの品を贈ろうかと閃いた。
気持ちをこれでもかと込めた物は、値段なんて付けられない。その価値を、アドルフならば感じてくれるだろう。
クッキーは定番として、他に何がいいのか。
談話室にいた寮母に、質問を投げかけてみたところ、「降誕祭は絶対にセーターよ!」なんて言っていた。
なんでも降誕祭のシーズンになると、街中で降誕祭限定のセーターが売り出されるらしい。それを着て、家族と休暇をのんびり過ごすのがお約束だと言う。
セーターだったら、手作りできる。大量に毛糸を注文し、侍女に送ってもらった。
アドルフに似合うであろう、アイヴィグリーンの毛糸はイメージ通りだった。これに、竜の意匠でも入れてみよう。
自主学習の時間の合間を縫い、編み図を描いていたのだが、アドルフの体の寸法がいまいちわからない。大きすぎても、小さすぎてもよくないだろう。
リオルの姿であれば、姉の頼みで採寸させてくれと言える。けれども可能であれば、サプライズで贈りたい。
考えた結果、似た体格のクラスメイトに頼みこむことにした。
観察した結果、ランハートとアドルフの背格好はそっくりである。さっそく、交換条件をもとに頼み込んでみた。
「ランハート、頼みがあるんだけれど」
「いいよ」
「用件聞く前に、安請け合いしないほうがいいよ」
「リオルがお願いしてくるの初めてだったから、なんでも叶えたいと思って」
実家から侍女が贈ってきた焼き菓子と引き換えに、採寸をさせてくれと頼み込む。
「姉上がアドルフに似た男子生徒から採寸をしてもらってほしいって頼まれて」
「あー、今のシーズンだとセーター作りかー。くそー、リオルのお姉さんからセーターを受け取れるアドルフが羨ましすぎる」
「はいはい」
婚約者の存在に羨望を抱いているようだが、ランハートが魔法騎士になって社交界に出たら、きっと結婚相手はすぐに見つかるだろう。
そういう気持ちを抱くのも、男子校にいる今だけだ。
「お金出すからさー、俺の分も作ってくれないかなー」
作ってあげたいのは山々だが、試験勉強もあるので一人分が精一杯だ。
結婚してしばらく落ち着いたら、贈ってあげるのもいいかもしれない。
「なあリオル、お姉さん、元気?」
「元気だよ」
むしろ、ここにいる。その目で確認できるだろう。……なんて、言えるわけもないが。
「あー、何かの間違いがあって、婚約破棄されないかなー」
「まだそんなこと言っているの?」
「だって、なかなか衝撃的な出会いだったし。異性と話していて、楽しかった経験なんてなかなかないから」
あの状況が面白くなってしまったのは、本物のリオルの登場とアドルフがやってきたからだろう。私がひとりでいても、ああはならない。
残念ながら、ランハートを常に楽しませるような女ではないのだ。
「それはそうと、リオルって、ちょっとお姉さんの匂いに似ているよね」
「は?」
「前から思っていたんだけれど、女の子の匂いみたい」
何を言っているのだ、と冷静に返したつもりだったが、心臓がバクバク鳴っている。
匂いと言えば、以前アドルフからも似ていると指摘された覚えがあった。
婚約者として会うときは多少の香水と髪や肌に使う香油で匂いが変わる。普段は、香水や香油なんて付けていない。けれども、体臭は誤魔化せないのだ。
「ランハートは香水とか使っている?」
「ちょっとだけね」
こうなったら、男性用の香水を使うしかないのか。
匂いに関連して、バレるわけにはいかない。
「僕も香水を使おうかな。どんなものを使っているの?」
「えー、止めなよ。俺、リオルの匂い、好きだよ」
「匂いが好きとか、気持ち悪いんだけれど」
「酷いなー」
ちょうどポケットに香水を入れていたようで、見せてくれた。
「これ、使いかけだけれどあげようか? 体の匂いが違うから、同じ匂いになることはないと思うんだけれど」
「いいの?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
早速匂いを振りかけてみた。女性用の香水の中には甘すぎてかけただけで気持ち悪くなる匂いもある。ランハートの香水は柑橘系の爽やかな香りなので気にならない。
「ランハート、お礼は何がいい?」
「お姉さんに会わせて」
「それはダメ」
「なんでだよー」
ランハートの前でうっかりぼろを出してしまったら大変だ。なるべく顔を合わせないほうがいい。
それに、婚約者がいるのに、他の男性と会うというのは体面が悪いだろう。
「じゃあ、魔法薬草学のわからないところを教えて」
「それだったらかまわないよ」
「やった」
放課後はランハートと共に、談話室で勉強した。部屋に招いてもよかったのだが、婚約者であるアドルフ以外の男性を入れないほうがいいと、先ほど思い直したのだ。
久しぶりにランハートに勉強を教えたのだが、復習になってよかった。
◇◇◇
編み物をするのは二年ぶりくらいか。以前はよく慈善活動サロンに参加し、養育院の子ども達に向けて手袋や襟巻きを作っていた。
セーターを作るのは、もちろん初めてである。お坊ちゃま育ちのアドルフが着用することを考えると、手なんか抜けない。丁寧に編み、ドラゴンの模様も大胆に入れていく。
試験も絶対に手を抜きたくないので、寝る間を惜しんで励んだ。
その結果、試験は学年首位、セーターも完成する。
私の名前の下にアドルフの名前があっても、以前のように「勝った!」と喜ぶ気持ちはなくなっていた。
毎回、アドルフとは総合点数が一点、二点差だったのだが、今回は三十点も差がある。いったいどうしたのか、と心配になった。
成績が張り出されていても、アドルフは見にきていない。
もしかしたら、降誕祭正餐の実行委員の仕事が忙しさを極め、試験勉強に時間を割けなかった可能性がある。
隣に立つランハートは私を絶賛したものの、「はいはい」と適当に返事をする。
今は成績がどうこうよりも、とにかく休みたい。寮に戻って、夕食の時間までに仮眠を取らなければ。猛烈に眠い。そろそろ限界なのだろう。
寒気と頭痛と胃の痛みが同時に襲ってくる。眠気以外にも、体が悲鳴をあげていた。
無理をしてきたツケが、いっきにやってきたのだろう。体調管理ができないなんて、なんとも情けない話である。
ランハートの話なんてほぼほぼ耳に届いていないのに、続けて話しかけてきた。
「なあ、リオル、二回連続首席じゃないか! お祝いに、売店でなんか奢ってやろうか?」
「……いい」
「なんだよ、ノリが悪い――ってお前、顔色が悪くないか?」
ランハートが顔を覗き込んでくる。熱でも測ろうと思ったのか、額に手を伸ばしてきたので、触れる寸前で振り払う。
「大丈夫だから、気にしないで」
「いやいや、気にするって」
「寮に帰って少し休むから」
「いや、寮じゃなくて、保健室にしろよ。唇とか真っ青だぞ」
誰が出入りするかわからない保健室で休むなんて、ゾッとしてしまう。寮でないと、ゆっくり休めない。
「ランハート、僕に構うな」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょう」
ランハートのこういうお節介なところが苦手だ。冷たくあしらう相手なんて、放っておけばいいのに。
「僕は平気だから――」
そう口にした瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ。
体が傾いたのと同時に、視界に階段が飛び込んできた。
ああ、終わった、なんて思いながら、意識を手放した。
◇◇◇
ゴーン、ゴーン、ゴーンという、夕食の時間が終了する鐘の音で意識がハッと覚醒する。
起き上がろうとしたが、身じろいだだけで頭がずきんと痛んだ。
部屋は真っ暗だが、ここが自分の部屋だというのはかろうじてわかった。
先ほどまで放課後で、成績が首席であることを確認し、そのあと――私はどうしていた?
「夢、だったの?」
「夢なわけあるか!」
すぐ傍で聞こえたランハートの声に、驚いてしまった。部屋にある魔石灯を呪文で発動させる。すると、寝台の傍に椅子を置き、座っているランハートの姿が確認できた。
「ランハート、どうしてここに!?」
「倒れたお前を運んで来たんだよ!」
「あ――そうだったんだ。その、ありがとう」
ゆっくり起き上がろうとしたら、ランハートが背中を支えてくれた。
水差しから水を注ぎ、飲ませてくれる。
ここで、襟が寛がされているのに気付く。矯正用の下着が見えて、ギョッとした。
胸を平らにするものだが、前身頃にあるボタンがすべて外されている。
いったい誰がしたのか。胃の辺りがスーッと冷え込むような、心地悪い感覚に襲われる。
「リオルは保健室に行きたくないみたいだったから、ここに運んで、寮母さんを呼んだ」
寮母は寮生の健康も管理していて、医療資格も持っている。私の様子を見て、睡眠不足が伴った過労だろうと判断したらしい。
「寮母さんが回復魔法をかけたら、顔色はよくなって。あとは目覚めたら水を飲ませるようにって言ってた」
「そう、だったんだ」
「まだ具合が酷く悪いようだったら、医者を呼ぶこともできるけれど」
寮母の言葉は、それだけだったらしい。
「具合はどうだ?」
「だいぶよくなった」
「そう」
再度、ランハートに「ありがとう」と感謝の気持ちを伝える。
「それで、聞きたいことがあるんだけれど」
「な、何?」
心臓がばくんと脈打つ。ランハートはこれまでにないくらい、真剣な眼差しで私を見つめていた。
思わず、寛がされた襟をぎゅっと握りしめてしまう。
「リオル、お前、女だったのか?」
核心を突くような質問に、言葉を失ってしまった。
幸いにも、アドルフが最先端のドレスを用意してくれた。シルバーグレーの美しい一着だった。それに合わせて、真珠の首飾りや髪飾り、耳飾りなどの|一揃えの宝石(パリュール)を贈ってくれた。当日は母の形見を付けていこうか、などと考えていたので、非常にありがたい。宝飾品も流行があるため、一昔前の物をつけていったら、すぐにバレてしまうのだ。
これだけ高価な品を貰っておいてなんだが、同等のお返しなんてできない。
どうしようかと頭を悩ませたが、何か手作りの品を贈ろうかと閃いた。
気持ちをこれでもかと込めた物は、値段なんて付けられない。その価値を、アドルフならば感じてくれるだろう。
クッキーは定番として、他に何がいいのか。
談話室にいた寮母に、質問を投げかけてみたところ、「降誕祭は絶対にセーターよ!」なんて言っていた。
なんでも降誕祭のシーズンになると、街中で降誕祭限定のセーターが売り出されるらしい。それを着て、家族と休暇をのんびり過ごすのがお約束だと言う。
セーターだったら、手作りできる。大量に毛糸を注文し、侍女に送ってもらった。
アドルフに似合うであろう、アイヴィグリーンの毛糸はイメージ通りだった。これに、竜の意匠でも入れてみよう。
自主学習の時間の合間を縫い、編み図を描いていたのだが、アドルフの体の寸法がいまいちわからない。大きすぎても、小さすぎてもよくないだろう。
リオルの姿であれば、姉の頼みで採寸させてくれと言える。けれども可能であれば、サプライズで贈りたい。
考えた結果、似た体格のクラスメイトに頼みこむことにした。
観察した結果、ランハートとアドルフの背格好はそっくりである。さっそく、交換条件をもとに頼み込んでみた。
「ランハート、頼みがあるんだけれど」
「いいよ」
「用件聞く前に、安請け合いしないほうがいいよ」
「リオルがお願いしてくるの初めてだったから、なんでも叶えたいと思って」
実家から侍女が贈ってきた焼き菓子と引き換えに、採寸をさせてくれと頼み込む。
「姉上がアドルフに似た男子生徒から採寸をしてもらってほしいって頼まれて」
「あー、今のシーズンだとセーター作りかー。くそー、リオルのお姉さんからセーターを受け取れるアドルフが羨ましすぎる」
「はいはい」
婚約者の存在に羨望を抱いているようだが、ランハートが魔法騎士になって社交界に出たら、きっと結婚相手はすぐに見つかるだろう。
そういう気持ちを抱くのも、男子校にいる今だけだ。
「お金出すからさー、俺の分も作ってくれないかなー」
作ってあげたいのは山々だが、試験勉強もあるので一人分が精一杯だ。
結婚してしばらく落ち着いたら、贈ってあげるのもいいかもしれない。
「なあリオル、お姉さん、元気?」
「元気だよ」
むしろ、ここにいる。その目で確認できるだろう。……なんて、言えるわけもないが。
「あー、何かの間違いがあって、婚約破棄されないかなー」
「まだそんなこと言っているの?」
「だって、なかなか衝撃的な出会いだったし。異性と話していて、楽しかった経験なんてなかなかないから」
あの状況が面白くなってしまったのは、本物のリオルの登場とアドルフがやってきたからだろう。私がひとりでいても、ああはならない。
残念ながら、ランハートを常に楽しませるような女ではないのだ。
「それはそうと、リオルって、ちょっとお姉さんの匂いに似ているよね」
「は?」
「前から思っていたんだけれど、女の子の匂いみたい」
何を言っているのだ、と冷静に返したつもりだったが、心臓がバクバク鳴っている。
匂いと言えば、以前アドルフからも似ていると指摘された覚えがあった。
婚約者として会うときは多少の香水と髪や肌に使う香油で匂いが変わる。普段は、香水や香油なんて付けていない。けれども、体臭は誤魔化せないのだ。
「ランハートは香水とか使っている?」
「ちょっとだけね」
こうなったら、男性用の香水を使うしかないのか。
匂いに関連して、バレるわけにはいかない。
「僕も香水を使おうかな。どんなものを使っているの?」
「えー、止めなよ。俺、リオルの匂い、好きだよ」
「匂いが好きとか、気持ち悪いんだけれど」
「酷いなー」
ちょうどポケットに香水を入れていたようで、見せてくれた。
「これ、使いかけだけれどあげようか? 体の匂いが違うから、同じ匂いになることはないと思うんだけれど」
「いいの?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
早速匂いを振りかけてみた。女性用の香水の中には甘すぎてかけただけで気持ち悪くなる匂いもある。ランハートの香水は柑橘系の爽やかな香りなので気にならない。
「ランハート、お礼は何がいい?」
「お姉さんに会わせて」
「それはダメ」
「なんでだよー」
ランハートの前でうっかりぼろを出してしまったら大変だ。なるべく顔を合わせないほうがいい。
それに、婚約者がいるのに、他の男性と会うというのは体面が悪いだろう。
「じゃあ、魔法薬草学のわからないところを教えて」
「それだったらかまわないよ」
「やった」
放課後はランハートと共に、談話室で勉強した。部屋に招いてもよかったのだが、婚約者であるアドルフ以外の男性を入れないほうがいいと、先ほど思い直したのだ。
久しぶりにランハートに勉強を教えたのだが、復習になってよかった。
◇◇◇
編み物をするのは二年ぶりくらいか。以前はよく慈善活動サロンに参加し、養育院の子ども達に向けて手袋や襟巻きを作っていた。
セーターを作るのは、もちろん初めてである。お坊ちゃま育ちのアドルフが着用することを考えると、手なんか抜けない。丁寧に編み、ドラゴンの模様も大胆に入れていく。
試験も絶対に手を抜きたくないので、寝る間を惜しんで励んだ。
その結果、試験は学年首位、セーターも完成する。
私の名前の下にアドルフの名前があっても、以前のように「勝った!」と喜ぶ気持ちはなくなっていた。
毎回、アドルフとは総合点数が一点、二点差だったのだが、今回は三十点も差がある。いったいどうしたのか、と心配になった。
成績が張り出されていても、アドルフは見にきていない。
もしかしたら、降誕祭正餐の実行委員の仕事が忙しさを極め、試験勉強に時間を割けなかった可能性がある。
隣に立つランハートは私を絶賛したものの、「はいはい」と適当に返事をする。
今は成績がどうこうよりも、とにかく休みたい。寮に戻って、夕食の時間までに仮眠を取らなければ。猛烈に眠い。そろそろ限界なのだろう。
寒気と頭痛と胃の痛みが同時に襲ってくる。眠気以外にも、体が悲鳴をあげていた。
無理をしてきたツケが、いっきにやってきたのだろう。体調管理ができないなんて、なんとも情けない話である。
ランハートの話なんてほぼほぼ耳に届いていないのに、続けて話しかけてきた。
「なあ、リオル、二回連続首席じゃないか! お祝いに、売店でなんか奢ってやろうか?」
「……いい」
「なんだよ、ノリが悪い――ってお前、顔色が悪くないか?」
ランハートが顔を覗き込んでくる。熱でも測ろうと思ったのか、額に手を伸ばしてきたので、触れる寸前で振り払う。
「大丈夫だから、気にしないで」
「いやいや、気にするって」
「寮に帰って少し休むから」
「いや、寮じゃなくて、保健室にしろよ。唇とか真っ青だぞ」
誰が出入りするかわからない保健室で休むなんて、ゾッとしてしまう。寮でないと、ゆっくり休めない。
「ランハート、僕に構うな」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょう」
ランハートのこういうお節介なところが苦手だ。冷たくあしらう相手なんて、放っておけばいいのに。
「僕は平気だから――」
そう口にした瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ。
体が傾いたのと同時に、視界に階段が飛び込んできた。
ああ、終わった、なんて思いながら、意識を手放した。
◇◇◇
ゴーン、ゴーン、ゴーンという、夕食の時間が終了する鐘の音で意識がハッと覚醒する。
起き上がろうとしたが、身じろいだだけで頭がずきんと痛んだ。
部屋は真っ暗だが、ここが自分の部屋だというのはかろうじてわかった。
先ほどまで放課後で、成績が首席であることを確認し、そのあと――私はどうしていた?
「夢、だったの?」
「夢なわけあるか!」
すぐ傍で聞こえたランハートの声に、驚いてしまった。部屋にある魔石灯を呪文で発動させる。すると、寝台の傍に椅子を置き、座っているランハートの姿が確認できた。
「ランハート、どうしてここに!?」
「倒れたお前を運んで来たんだよ!」
「あ――そうだったんだ。その、ありがとう」
ゆっくり起き上がろうとしたら、ランハートが背中を支えてくれた。
水差しから水を注ぎ、飲ませてくれる。
ここで、襟が寛がされているのに気付く。矯正用の下着が見えて、ギョッとした。
胸を平らにするものだが、前身頃にあるボタンがすべて外されている。
いったい誰がしたのか。胃の辺りがスーッと冷え込むような、心地悪い感覚に襲われる。
「リオルは保健室に行きたくないみたいだったから、ここに運んで、寮母さんを呼んだ」
寮母は寮生の健康も管理していて、医療資格も持っている。私の様子を見て、睡眠不足が伴った過労だろうと判断したらしい。
「寮母さんが回復魔法をかけたら、顔色はよくなって。あとは目覚めたら水を飲ませるようにって言ってた」
「そう、だったんだ」
「まだ具合が酷く悪いようだったら、医者を呼ぶこともできるけれど」
寮母の言葉は、それだけだったらしい。
「具合はどうだ?」
「だいぶよくなった」
「そう」
再度、ランハートに「ありがとう」と感謝の気持ちを伝える。
「それで、聞きたいことがあるんだけれど」
「な、何?」
心臓がばくんと脈打つ。ランハートはこれまでにないくらい、真剣な眼差しで私を見つめていた。
思わず、寛がされた襟をぎゅっと握りしめてしまう。
「リオル、お前、女だったのか?」
核心を突くような質問に、言葉を失ってしまった。