デストロイヤーからの攻撃は苛烈になっていく。
全身から熱線を放ち、周囲のものを焼き切っていく。その隙をついて鋭い刃のついた触手が衛士達を襲う。
「これは、まずいですね。長期戦は不利です」
「まだお二人は戻りませんの!?」
「風間さん、後ろ!?」
風間の背後から迫る触手は直撃コースだ。しかし今は前方の触手を捌くことで手が裂けない。他にフォローできる人員もいない。そもそも発足して一日のレギオンなのだ。粒揃いとはいえ連携はお世辞にもできているとはいえない。
ただリリィが7人いるだけだ。
「くっ」
風間の背中に冷たい汗が伝う。しかし楓を貫く筈の触手は途中で断ち切られた。桃色の髪が舞う。
真昼だ。
「真昼様!?」
「みんな、ごめんね! もう覚悟をした! 私はこのデストロイヤーを破壊する!」
真昼はデストロイヤーに突き刺さっている時雨の戦術機を見る。それはデストロイヤーの肉体を焼きながらも、バリアを発して衛士の攻撃を阻害しているようだった。
「デストロイヤーに刺さったあの戦術機を引き抜かないと有効打撃は難しいと思う! レギオンを二つに分ける! 高速移動ができるを梅と私と胡蝶があの戦術機を引き抜く。あとはみんな陽動としてデストロイヤーの気を引いて!」
「了解だゾ!」
「人使いが荒いな」
真昼達は三方向から一斉に飛びかかる。他の人達は射撃でデストロイヤーを攻撃する。真昼は迫り来る触手を足場にデストロイヤーの本体に向かって走っていく。
(こういうところでステップ回避が役立つんだよね)
ステップ回避は狭い空間で相手の攻撃を回避するのに役に立つ。また瞬発力があるので咄嗟の行動がしやすい。梅は縮地で一気に距離を詰めていく。胡蝶も持ち前の身体能力の高さでデストロイヤーの攻撃を潜り抜ける。
「流石、梅ちゃんと、胡蝶ちゃん。良い動きだね」
真昼はデストロイヤーの本体に着地して、突き刺さっている戦術機を持つ。梅と胡蝶もそれを掴んで引き抜こうとする。その時に脳に直接時雨の幻影が語りかけてくる。
時雨が戦術機を抑える。
「やめるんだ、真昼。それを抜いてはいけない。ボクを信じてくれ」
「やめて、話しかけて来ないで!」
「落ちつくんだ………一ノ瀬真昼、二階堂胡蝶、最上梅。引き抜かないで、まずはボクの話を聞くんだ。君達がボクを殺す事など簡単だ……冷静になって聞くだけでいい」
脳内に声が反響する。
強制的に時雨との思い出がフラッシュバックさせられていく。感情が昂り、涙が溢れ出る。
「うう…う、あああ…」
「この戦術機を掴まれた時点で、ボクはほぼすでに敗北している。これは『取り引き』だ……物事の片方の面だけを見るのはやめて、死んだ夕立時雨をこの世界へ戻せるのは……ボクのこのラプラスを食ったデストロイヤーだけだ」
「う、うるさい……しゃべらないで」
「私に話しかけるのはやめろッ!」
「ここで全てを終らせるんダッ!」
その時、デストロイヤーの攻撃が止まり、防御にリソースを傾け始めた。
「ボクの目的は、夕立時雨として復活すること……ただそれだけだ。復活する過程の結果として敵対する事になったが、君たちの命を奪う事ではない。ラプラスは無限の可能性を内包している。それを得たボクには夕立時雨になれる」
デストロイヤーの夕立時雨の言葉に梨璃の心が再び揺れ始める。
「さあ……みんなに指示してくれ。攻撃をやめて、撤退してと」
戦いはまだ続いている。真昼の息は未だに荒い。真昼に向かって胡蝶と梅は必死に言葉を語りかけているが、何かしらの現象でデストロイヤーからの言葉しか聞こえていない。
鼓動が速くなる。
「時雨お姉様が戻ってくるというの」
「約束する」
「無事で無傷の時雨お姉様が……!!」
「約束する」
「そしてそのまま横浜衛士訓練校と衛士達を逃がしてくれるというのか?」
「約束する。誰にも報復はしない。全てを無かった事にすると誓う。今後、君らに決して手は出さないし、行きたい所へ行けばいい。デストロイヤーを倒したければ倒せば良い。ボクは夕立時雨として復活すれば良い。ただのそれだけだ」
「ここに戻って来るという時雨お姉様は……もう同一人物じゃあない。『違う人格』の……変質した『違う時雨お姉様』のはずッ!!」
「真昼、……未来の事なんかわかる者がいるのだろうか? 違う心で違う過去の夕立時雨になったとしても、あるいは君と姉妹誓約を契っていない夕立時雨が来たとしても。これからの夕立時雨は夕立時雨の道を行くのだろう……重要なのはこのボクたちの世界で生きている事なのだ」
「うう……う、ハァーハァー」
デストロイヤーの時雨の言葉に揺れる真昼。
「ここから話す事はとても重要な事だ。それだけを話す。ボクの行動は『誰かを傷つけるために』にやったのではない。『力』が欲しいだとか誰かを『支配』するためにをやっていたのではない。ボクには『生存欲求』がある。全ては生きるためにやったこと。お願いだ『一ノ瀬真昼』早まるな」
「貴方は『時雨お姉様』なのか? ……信じたい、もしかして『夕立時雨』なのかも? と……信じたい。私の行動の方が『悪』なのかもしれないと。でも『保障』がない……貴方はデストロイヤーだ。攻撃をやめて、撤退した途端『だまし討ち』をするかもしれない。夕立時雨になる前に……または再びデストロイヤーを送り込んでくるかもしれない。私達の『安全の保証』なんかどこにもないっ……」
「ボクは『誓う』と言った。ボクは一度口にして誓った事は必ず実行して来た……『報復』は決してしない」
「だからそれを私に『信じさせて』みて!!」
保証。
デストロイヤーという敵対者で、夕立時雨を食った張本人。
それに対して真昼は自らを証明して、保障しろと投げかけた。
「あなたが『夕立時雨』だという事を……力と才能のある『うそつき』ではなく……『正しい道』を行く人間であろうとしているという事を……今! ここで私を説得してッ!! 説得できたら喜んで攻撃はやめて、撤退する。時雨お姉様に会いたい。貴方が『夕立時雨』だという事を信じられたらどんなに素晴らしいだろう。『無事な夕立時雨』をもう一度ここに戻したい……ここに戻したい。私に貴方を信じさせてくれ」
「ボクは一度口にして誓った事は必ず実行する。君たちに『報復しない』と誓ったなら『決してしない』。一ノ瀬真昼。『決して報復はしない』全てを終りにすると誓おう」
その時、触手が真昼達の頭部目掛けて殺到した。真昼は即座に戦術機を引き抜き、触手を全て切り払う。傷口からは大量の体液が噴出している。デストロイヤーを覆っていた魔力フィールドが消滅して、浮遊していたデストロイヤーは地面に滑落する。
「……真昼、見逃して」
「信じたかった……時雨お姉様が蘇ると」
真昼は叫んだ。
「マギスフィア戦術を仕掛ける! 練習無しのぶっつけ本番! 起点は二水ちゃん! 投擲じゃなく物理接触でスフィアを回す。残りの人達は射撃してデストロイヤーに攻撃!! ラプラス発動!」
ラプラス発動によって士気向上、攻撃力上昇、防御力上昇、相手の防御力低下が発動する。士気向上を具体的にいうと真昼の精神と同調した結果の士気向上だ。
全員に真昼の感情や思考がリンクする。そして視界が開けて、パスを回しやすくなる。
「ええ!? 私が一番ですか?」
「梅にやれ、受け止めるゾ!」
梅はマギスフィア戦術弾を二水に装填する。
「わ、わかりました! 梅様! 行きます! 栄えある皆さんのレギオンの一員として恥じない戦いを!」
二水のマギスフィアが梅に叩きつけられる。
「真昼が心から笑えるように、前を向いて、陽の光を浴びれるように!」
梅のマギスフィアが葉風は叩きつけられる。
「こんな私に力を貸してくれたシノアや愛花に報いる為に!」
葉風のマギスフィアがエミーリアに渡される。
「儂も目立ちたい!!」
エミーリアのマギスフィアが胡蝶に渡される。
「バカで変でお節介な奴らが笑える日々を送れるように!」
胡蝶のマギスフィアが愛花に渡される。
「故郷の奪還を、このレギオンで必ず果たす! 全てはデストロイヤーに奪われた尊厳を取り戻す為に!!」
愛花のマギスフィアが風間に渡される。
「お二人のお心が少しでも満たされるように!」
楓のマギスフィアがシノアに渡される。
「時雨様の事を何も知らない、何もわからない。だからそれを知ってる真昼様本人の口から楽しかった思い出として語れる未来を作るために!!」
シノアは真昼にマギスフィアが渡す。
「時雨様、お別れです。真昼はお姉様のことを愛していました。今までも、これからも。さようなら。愛しい人」
真昼から九人のマギが込められたマギスフィアが放たれる。それは虹色の光を放ちながらデストロイヤーに着弾して大きな爆発を起こした。デストロイヤーの装甲が焼き爛れて、魔力に焼かれて消えていく。
甲高い悲鳴が響き渡る。
デストロイヤーの破片が散らばって、雪のように降り注ぐ。
真昼の視界が一変して、一面空を映す鏡のウユニ塩湖のような景色になる。
真昼の前に時雨が現れる。
「真昼」
「時雨お姉様」
時雨は真昼を抱き締める。
「臆病でも構わない。勇敢だと言われなくてもいい。それでも何十年でも生き残って、ひとりでも多くの人を守って欲しい。自分の失敗を笑って話せるようになる頃には、真昼が失ってしまったものも、また見つかっているはずだよ」
「時雨……お姉様……!」
「人は、死を確信した時、持てる力の限りを尽くし、何にも恥じない死に方をするべきだ。だけど、生きて為せることがあるなら、それを最後までやり遂げる。真昼に教えた三つの言葉、覚えているね?」
「死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな」
「ボクの、最後の抵抗。ボクの戦術機を調べて見てほしい。きっと、ネストを攻略する手がかりになる筈だ」
時雨の体がボロボロと崩れていく。
「ああ、最後に、これも教えておくよ。使命に殉じた者達の生き様やそのその教えを、生き残った者が誇らしく語り継ぐ事……それが……ボク達衛士にとって、最高の供養なんだ。だから、笑ってボクの事を話して。それができる仲間が、できただろう?」
真昼は大粒の涙を流して頷いた。
「じゃあ、本当にお別れだ。真昼。愛してる。すぐにこっちに来たら、怒るからね」
「はい! 生きて! 戦い抜いて! 戦った人達の技術を次の世代に伝えて! そしてお婆ちゃんになるまで生き抜いてみせます! 時雨お姉様の事を愛してます!! またいつか、お会いしましょう!」
そうして、時雨は消えた。
真昼は涙を流していた。しかしそれは悲しみの涙ではない。
過去との決別。
夕立時雨だけに囚われていた心が、今やっと前を向いたのだ。
真昼はレギオンの仲間に向かって大声でお礼を言う。情けないところを見せた。弱い部分を見せた。これからも迷惑をかけると思う。だけど私についてきて欲しい。
私は生きるために戦うと決めたのだから。そして、その為には信頼できる仲間が必要で、みんなと一緒に戦いと。
レギオンメンバーの仲間の言葉は揃って肯定だった。
(時雨お姉様、見ていてください。真昼は貴方のシルトとして生涯恥じない戦いをしていきます)
空は眩しいほどに晴れていた。
それは彼女達の行先を照らす道標のようだった。
後日談というか、今回のオチ。
時雨の遺言通りに戦術機は回収され、解析に回された。
過去を引きずりながらも、解放された真昼はレギオンメンバーと訓練の日々を過ごしている。鬼教官っぷりを発揮して、シノア達に悲鳴を上げさせている。
お風呂を浴びて、一人部屋に戻ると時雨が本を読んでいた。彼女は真昼に気付くと笑みを浮かべて手を振った。
「やぁ、真昼」
「何でお姉様が?」
「うーん、戦術機のマギクリスタルのおかげで真昼に取り憑いていた状態から、浮遊霊に出世したようだね。ふふ、二階級特進というわけだ」
「へぇ、あのもう二度と会えないみたいな流れはなんだったんですか」
「はは、本当にね。でもまだ真昼を見守れると思うと嬉しいよ」
笑う時雨に真昼は苦笑を返すしかない。
「これからも宜しくお願いします、時雨お姉様」
「こちらこそ、宜しく真昼」
まぁ、台無しな話ではあるけれど、きっとこれは誰もが笑えるとてもよい結末なのだろう。