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 サフィリナ・エーディル・アーリンスはエミロン王国公爵家の長女として生まれた。

 青みがかった白銀の髪。アメシストのような透き通った紫色の瞳。儚げな、触れると消えてしまいそうな雰囲気の漂う美しい少女だった。

 見た目の美しさに反しとても元気で愛らしい。奇跡のような子だと噂された。


 眠り込んでいた寝台から身を起こし、細い指で手鏡を握りしめる。


(私で、サフィリナで間違いない)


 心臓が大きく音を立ててなった。興奮なのか絶望なのか分からない。
 

 どんなにサフィリナに戻れても未来が不穏では意味がない。

(今から4年後、私が20歳のときにアーネストは多くの国を侵略していく)

 そしてその4ヶ月後にアーネストはエミロン王国に攻めてくる。

 平民を次々へと倒していき、王都は一瞬にして闇へと包まれた。

 上へと登るように殺していき、サフィリナはアーネストのもつ魔法により崖から落とされた。

(今でもあの浮遊感は残っている。あの気味の悪い笑みも)

 一度死んだというのに思いの外覚えており、自画自賛しながら、もう少し思い出すことにした。――――アーネストのことを。


 アーネスト・ファスティーニ・ロイアーはスガルド国の皇太子として生まれた。

 漆黒の髪にサファイアのような青色の瞳。切れ長で美しい目を縁取る長い睫毛は彼の完璧さを表している。

 まさに芸術品のようだ。

 あの美しいさに秘める冷たい視線を忘れることはないだろう。

 それだけではなかった。アーネストは皇帝に必要な才能を全て持っていた。

 明晰な頭脳、恐れない度胸、常に冷静に判断できる慎重さ、人を引き付ける魅力。

 アーネストは全て幼い頃から優れていた。まさに皇帝になるべくして生まれてきたと称えられていた。

(こんなの聞いたら負ける未来しか見えない。本当に恐ろしい人)
 


 手に握ってあった手鏡をサイドテーブルに置き、レモンティーを飲む。

 
(でもアーネストは何かを秘めていた。誰にも言えない何かを。それが何なのか検討もつかないけど)

 レモンティーの香りが乱れた心を落ち着ける。

(フリアは本当に紅茶を入れるのが上手だわ。すごく美味しい)


 もう頃合いだろう。サフィリナは寝台から足を出し、立ち上がった。

 目立ちにくいドレスを選び、つばの広い帽子を被る。そしてバルコニーに出た。

 履いている靴を脱ぎ手に持ち、手摺に足をかけた。

 (案外近い。これだと大丈夫ね)

 サフィリナは青色のドレスをなびかせて、バルコニーから飛び降りた。