微かに匂うストロベリーティーの匂いで全てを察した。
サフィリナが目を開けると、そこはいつもの公爵家の自室。
真っ白いシーツにふかふかの布団。大きな窓に掛けられているカーテンから差し込む日差し。
何もかもが記憶とは違う。
アーネストに切られたはずの腕は傷一つなく体の痛みも感じない。ただ刺された感覚だけが残っていた。
(夢かしら。いや、それにしては現実味があり過ぎた。それに腕に残る感覚、間違えない。あれは本当にあったこと)
ぐるぐると回る視界の中、サフィリナは あれこれと考えた。
(それにこの自室も軍隊に攻められて、見る影もない姿だったのに。なぜなの………)
思考を巡らすサフィリナの元にトントンと軽やかな音が届いた。
「――………はい」
力なくそう返事をすると扉が開いた。
「おはようございます。サフィリナ様」
「おはよう」
見覚えのある侍女がワゴンを引いて入ってきた。べッドの近くにワゴンを置くと、カーテンを開け部屋に日差しを入れる。一連の作業に無駄がない。
「サフィリナ様、また紅茶を飲みかけたまま寝たのですか」
「そうみたい」
あのストロベリーティーの匂いはベッド横のサイドテーブルに置かれている紅茶が原因だったようだ。
「今入れ替えます。今回はどの紅茶にいますか」
「そうね。じゃあレモンティーでいいかしら」
「かしこまりました」
爽やかなレモンの香りが部屋に広がる。心を洗い流してくれるような新鮮な気持ちになる。
「サフィリナ様がレモンティーとは珍しいですね。ストロベリーティーを好んでらしたのに」
「ふふっ……そうねでもたまには新しいものにも挑戦しなくては」
侍女から貰った紅茶を今までにないほど味わって飲む。
「美味しいわ。レモンティーも悪くない」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた侍女にはやり見覚えがある。でもなかなか出て来ない。
「失礼だけどお名前聞いてもいい」
「はい、フリアです」
(フリア……)
体に染み込ませるように脳で反復した。
「フリア、私って何歳だったっけ」
「えっ……サフィリナ様ですか」
「えぇ私よ」
黄色がかった瞳を大きく見開かせて、少し首を傾げている。垂れている緑色の髪は艷やかに光っていた。
「16です」
「今日の何か予定はあるかしら」
「今日は旦那様がお帰りになります」
間違えない。今日だ。今日の正午ちょうど、あの方が。
アーネスト殿下がエミロン王国にやってくる。