冷たい雪が頬に張り付く。
あの日は涙も出ないほど凍りついた夜だった。
どうにか足を動かし崖の上にたどり着いたサフィリナはゆっくりと腰を下ろす。
崖の下に見える王都は恐ろしいほどに闇に包まれていた。
抑えている腕から溢れ続ける出血を魔力で止めようとしても、もうサフィリナには魔力が残っていない。
今にも倒れそうな体を支え、サフィリナは『死』から必死に逃げていた。
こうやって止まっている間にもどんどん体力が失われていく。
(いっそ、ここまま死んでくれたら……)
「サフィリナ・エーデェル・アーリンス」
それでもこの声を聞くと勝手に体が動くのは何かの呪いなのかもしれない。
サフィリナはゆっくりと立ち上がり、声のする方へ振り返る。それと同時に手に持っていた剣を振り下ろした。
きぃんと金属音が響く。
サフィリナの振り下ろした剣の一撃を何者かが受け止めた。
「へぇ」
交わる剣の向こう側で笑うサフィリナを殺そうとしている男。
(アーネスト・フォルテェス・ロイアー…!)
「なかなかやるじゃないかサフィリナ」
「お褒めの言葉をどうも」
しゃんと剣の擦れる音が響く。アーネストが剣を下ろしたためこちらも下げた。
「まだ抗うのかい」
「えぇ貴方が自国へ帰るまで私は怯まない」
目の前でニヤリと笑う男、隣国スガルド国の皇太子であるアーネストはサフィリナのいるエミロン国へと攻めてきた。
スガルド国は軍事国家の国であり最近は多くの国を侵略し国土を広げていた。
そしてとうとうエミロン国に矛先が向いた。
「サフィリナ、随分と強くなったようだな」
「お陰様で」
頬に笑みを浮かべるもお互いに視線は外さない。より空気が凍った。
「それに初めに会ったときよりも見違えるように綺麗になったじゃないか」
「貴方は血だらけの私のほうが美しく見えるのかしら」
「………――はっ!」
アーネストの口元が歪んだ。
「ははは、は…!あぁ君の言っている通りだ。君の白い肌にとても映えている」
(何が面白いのか。こわ…)
サフィリナが引いているとアーネストはゆっくりと目を細めた。
「!」
「サフィリナ、教えたはずだ。敵を前で少しも油断を見せるなと」
「魔法……!」
次の瞬間、体がぐらりと傾いた。辺りから魔法の力を感じる。
(しまった……!)
でももう手をくれだ。
崖の上にからこちらを見つめるアーネストに最後の抵抗と力強く睨みつけた。
「サフィリナ、来世で会えることを楽しみにしているよ」
サフィリナは少しの笑みを浮かべて、暗闇に消えた。