文化祭が、終わったころからだった。

桜人が、文芸部に来なくなった。

はじめは、バイトが忙しいのだろうと思っていた。

だけど翌週もその翌週も部室に来なくなり、教室で目が合うこともなくなったとき、避けられているのだと気づいた。

同じ教室にいても、私たちの空気が交わることはない。近くて遠い、そんな距離感。

まるで、二年になったばかりの、あの頃の関係に戻ったかのよう。

だけどあの頃と違うのは、桜人が文化祭をきっかけにクラスに馴染んでいるというところだった。

相変わらず一匹狼ではありけど、実は頼りがいのある桜人の周りには、いつも人が絶えない。桜人も、クラスメイトに笑顔を見せるようになった。

だけど桜人は、私にだけは笑いかけない。見向きもしない。

私だけに見せていた、あの特別な優しい笑顔も、霧のようにどこかに消えてしまった。

それが、たまらなくつらい。

どうしてって、何度も自問した。

彼を傷つけただろうか。不快にさせただろうか。

だけど思い当たる節がなく、月日だけが無常に過ぎていく。


十月も、もう終わりに近づいていた。

校庭の木々は色づき、太陽の光は和らぎ、空の水色もくすんでいく。

日に日に色を塗り替えていく世界が、冬の訪れを知らせていた。

おはよ、の声が飛び交う朝の昇降口。

寝ぼけ眼で、私はローファーから上靴に履き替えていた。昨夜、光が反抗してきて、夜遅くまで喧嘩をしていたからだ。

このところ、光は不安定だった。夏ごろから気持ちが落ち着いていて、体調もよかったのに、なんだか嫌な予感がする。

考えながらローファーを下駄箱にしまっていると、ぼうっとしていたせいで、手が誰かの腕に当たった。

「あ、ごめんなさい」

慌てて謝り、振り返る。息が止まるかと思った。

それは、久しぶりに間近で見る桜人だった。

前髪が、少し伸びた気がする。だけど相変わらずモカ色の髪はサラサラで、薄茶色の瞳が、驚いたようにこちらに向けられていた。

喉から出かけた言葉を、瞬時に呑み込む。

私を見るなり、彼の瞳に、激しい拒絶の色が浮かんだことに気づいたからだ。

「……いや、」

それだけ答えると、桜人は私を視界から外すように瞳を伏せた。スクールバッグを持つ彼の大きな掌が、遠ざかっていくのを放心状態で見送る。

廊下を歩いていた浦部さんが、そんな桜人に軽快に近づく。

「小瀬川くん、おはよー! 数学の課題、やってる?」
「やってるよ」
「さすが小瀬川くん! ちょっとだけ見せてもらっていい?」

並んで歩くふたりは、親しそうに見えて、胸がきりりと痛んだ。

廊下の向こうに徐々に見えなくなっていく背中は、今はもう、他人のようにすら感じる。

すがるように、彼の掌の感触を思い出していた。

まるで幻だったかのように、あのぬくもりは、今は遠い。

たまらなく胸が苦しくなって、私はひとりきりの掌を、ぎゅっと握りしめた。