作業をしていた教室に戻ると、クラスメイトたちはほとんど帰っていた。隅の棚に置いていたバッグを漁り、スマホを見ると、【ごめん、塾あるから先に帰るね】と夏葉からLINEが入っている。美織と杏も、帰ったみたい。

空き教室の方は、すっかり片付いている。理科室はどうだろうと、隣に向かった。確認出来たら、桜人に言われたように、増村先生に報告しないといけない。

入り口から理科室の中を見ると、すっかり片付いていた。実験台のひとつに男子が二・三人集まって、話し込んでいただけだ。

もう大丈夫、と判断して喫煙室に向かおうとしたそのとき。

「あ、水田!」

男子の輪の中にいた斉木くんが、私を見て声をあげた。一緒にいる男子も、いつも斉木くんとはしゃいでいる賑やかなタイプの人ばかりだったけど、今はやけに深刻そうな顔をしている。

「どうしたの?」

手招きされて、彼らの方に近づく。すると斉木くんが、「お前、知ってた?」と小声で聞いてきた。

「小瀬川が、俺らより年上ってこと」

「……え?」

軽く動揺していると、「付き合ってるのに、知らなかったの?」と男子のひとりが茶化すように言う。

「別に、付き合ってないから」

声が小さくなってしまったのは、今でははっきり、桜人のことが好きだと実感しているからだろう。否定はしても、心の中では、私はそれを望んでいる。

「これ、見ろよ」

斉木くんが、紺色の生徒手帳を差し出してくる。

「さっきそこに落ちててさ。誰のか確認しようと思って中開いたら、小瀬川のだったんだけど、生年月日見て」

そこには、たしかに桜人の写真があった。記載されていた生年月日から彼の年齢を計算すると、斉木くんのいうように、私たちより二歳も年上と言うことになる。

「ほんとだ……」

見てはいけなかったもののような気がして、罪悪感が込み上げる。

「高校浪人したのかな?」
「少年院入ってたとか?」
「小瀬川が? まさか!」
「留学じゃね?」

好き勝手に話している、男子たち。私の深刻な面持ちに気づいた斉木くんが、「あ、ごめん、誤解するなよ!」と慌てたように言った。

「年上って知って、変な目で見るようになったわけじゃねーから。あいつ何やってもかっこよくて妬けたけど、『あ、年上ならしゃーねーな』って逆に安心したかんじ?」

裏表のなさそうな斉木くんのその言葉は、きっと本心だろう。

うん、と私は頷いた。

「……私、今から増村先生のところに行くから、よかったら、生徒手帳渡しとくよ?」

「お、さんきゅ。じゃあ頼むわ」

斉木くんから受け取った生徒手帳を、掌でそっと包んで廊下に出た。

たしかに驚きはしたけど、だからといって、何かが変わるわけではない。

だけど、私の知らない桜人の二年間には、絶対になにかがあるわけで。

知りたいけど、知ってはいけないような、落ち着かない気持ちになっていた。