美織と杏との縁は、その昼休みを機に、完全に切れてしまった。

目が合うことすらない。露骨に避けられているのがよく分かった。クラスメイトなのに、赤の他人より遠い存在になってしまったみたい。

周りも、私たちの異変には気づいていた。

ひとりでいる私の耳に、どこからともなく囁きが聞こえてくるのもしょっちゅうだった。

『やっぱり、水田さんぼっちになっちゃったね。前から、ひとり浮いてたもんね』
『美織も杏も友達多いし、目立つし、やっぱり合わなかったんだね。だって水田さん、あまり喋らなくて、一緒にいても盛り上がらないし』

女子グループから転落した哀れな存在は、常にクラスメイトの視線を集めていた。

教室は、以前にも増して、私にとっては居心地の悪い場所になってしまう。

とくに、休憩時間や移動教室は、地獄のようだった。

昼休憩のたびに、逃げるように訪れる文芸部の部室だけが、私が心を休めることができる場所になる。

ドアを開けたら、小瀬川くんはたいていいつも先にいて、窓側のパイプ椅子で、コンビニおにぎりとか総菜パンを食べていた。

私たちが会話を交わすことは、ほとんどない。

たまに、「次の授業なに?」とか、最低限の必要事項を確認したり、どうでもいい話をしたりする程度だ。

だけど、彼とふたりきりでいる空間は、不思議とホッとできた。

『かわいそう』
『ああはなりたくない』
『自分じゃなくてよかった』

クラスメイトから感じるそんな視線を、彼からは一切感じなかった。

小瀬川くんはいつも淡々としていて、自分を保っていた。

私のことなど、どうでもいいといった雰囲気。

だからきっと、安心できたんだろう。

それに、呼吸困難に陥った無様な姿や、情けない泣き顔をすでに見られているせいで、小瀬川くんの前では自分を偽らなくてよかったというのもあると思う。

「ねえ、小瀬川くんって、どうしてバイトしてるの?」

あるとき、聞いてみたことがある。

すると、小瀬川くんはカレーパンを頬張りながら、いつものようにそっけなく答えた。

「金がいるから」

「ふうん……」

生活が、苦しいのだろうか。だけどそこまで踏み込むのはおかしい気がして、私はそれ以上は聞くのをやめた。

小瀬川くんが本当はいい人だということはもう分かってるけど、どことなく入り込めない雰囲気があった。

考えすぎかもしれないけど、まるで見えない境界線を張って、私を近づけないようにしてるみたい。それは私も一緒だから、彼のことは言えないのだけど……。

だから、いつも同じ空間でお昼ご飯を食べていても、小瀬川くんのことを友達と呼んでいいのかよく分からない。私たちの関係は、ただのクラスメイトの域を超えていない。

「バイトって、大変?」

「慣れればそれほどでも」

「そっか。私も、バイトしてみようかな……」

私が働けば、お母さんも少しは楽になるだろうか。でも、お母さんは私がバイトをするのを嫌がる。ただでさえ家事や光の面倒で大変なんだから、他の時間は勉強に集中しなさいって言ってくる。

そんなことを思い出していると、ふと視線を感じた。

澄んだ青空を背景にこちらを見つめる小瀬川くんの顔が、なぜが悲しげに見えて、一瞬息を呑む。

だけど、すぐに小瀬川くんは、いつもの不愛想な顔に戻った。

というより、そもそも、ずっとそんな顔をしていたような気もする。

きっと、光の加減で、儚げな雰囲気に見えただけだろう。