—1—
昔の記憶。これはオレが幼稚園の時の記憶だろうか。
近所の公園でブランコに乗る妹の莉緒の背中を優しく押している。
もっと高くして欲しいと駄々をこねる莉緒に「危ないからダメ」と言い聞かせるが不機嫌になられても面倒なので渋々背中を押す手に力を込める。
徐々に高くなるブランコに興奮する莉緒。
オレは楽しそうに笑う莉緒を見て微笑んでいた。
どこにでもあるような幼少期の記憶。
それらがオレの脳内からこぼれ落ちていく。
大切な者を守る為に大切な記憶を失う。
過去を改変するのだ。これくらいの代償を払ってようやく等価交換になるのだろう。
オレが失う記憶は決まって楽しかった思い出ばかりだ。
辛かったことや悲しかった出来事は忘れることができない。
同じ過ちを繰り返さないように頭の奥底に深く媚びりついて離れないようにしているのかもしれない。
力を使い続ければオレはいずれ空っぽになってしまう。
負の感情を溜め込んだ人形に成り下がる。
怖い。考えたくもない。
どんどん身体が恐怖心に蝕まれていく。
終いには力を使っていた目的を忘れ、自分が何者であるかも忘れ、生きている意味さえも見失ってしまう。
この苦しみは誰からも理解されない。
相手側は助けられたという自覚が無いのだから感謝もされない。
別に感謝をされたい訳じゃないけど。
オレが目的を達成した時、普段と変わらずただ平凡な日常が流れていく。
誰の記憶にも残らない。ただ平凡な日々が。
—2—
目の奥に電撃が走り、視界が一瞬暗転する。
霧が晴れるように徐々に脳がクリアになっていき、視覚、聴覚と順番に感覚が戻り始める。
「おい道長、何見てんだ?」
賢介がオレの顔の前で手を上下させていた。
手の隙間から女子グループと談笑する灯の姿が見える。その後ろにはヘッドフォンで耳を塞ぐ結城の姿もあった。
どうやらオレは朝のホームルーム前にタイムリープしたみたいだ。
「悪い、魂抜けてたわ」
「やめてくれよ。まだ今日は始まったばっかだぞ」
聞き覚えのある台詞とともに賢介が特大な欠伸をした。
「ホームルーム始めるぞー! 席に着けー!」
白幡先生がいつもの調子で教室に入ってきた。
出欠を取り、連絡事項の伝達を行う。淡々とした声がしんとした教室に響く。
結城はなぜ自殺をするに至ったのか。
それが分からなければ解決のしようがない。
灯に相談するのも1つの手だが、前回の時間軸では結城に拒絶されているから得策とは言えない。
やはりオレが結城から直接聞き出すしかなさそうだ。
となると問題点は接触するタイミングか。
タイムリミットは昼休み明けの国語の時間。
休み時間に結城が席を立った時がベストだろう。
それまでは過去の行動を振り返りつつ結城の様子を観察するとしよう。
「ねぇねぇ、そんなに真剣な顔してどうしたの?」
灯が顔を寄せて小声で聞いてきた。
考え事をしていたせいで全然気が付かなかった。
「なんでもないよ」
「なんでもないことないでしょ。ちょっと顔怖かったよ」
「元々こんな顔だってば」
「そう言われてみればそう、かも?」
「失礼な奴だな」
「なんでよ、自分で言ったんじゃん」
灯との何気ない掛け合い。
あのまま灯の死を受け入れていたらこんな風に笑い合うこともできなかった。
そう考えると犠牲を払ってでも戻ってきてよかった。
「でさ、本当は何を考えてたの?」
透き通った瞳に目を奪われる。
「実は妹の誕生日がもうすぐなんだけど何かプレゼントしようと思ってて。何が良いかなと」
「ふーん、道長くんって妹いたんだ」
「2歳下だから今は中3だな」
咄嗟のアドリブでなんとか話を逸らすことができた。
疑うような視線を向けられているから誤魔化しきれてないかもしれないけど。
「中学3年生だと受験だから筆記用具とか? あ、でもそれだと勉強しろってメッセージにも取られそうだからスマホケースとかが良いんじゃないかな?」
「スマホケースか。その発想は無かったな」
「妹さんの誕生日っていつなの? 今度部活が休みの日にでも一緒に選びに行こうか?」
「いや、そこまでしてもらわなくていいよ」
「えー、ついでに何か奢ってもらおうと思ったんだけどなー」
妹の話に食いついたと思ったら目的はそっちか。
今日も灯は平常運転で安心する。
「いい加減貧乏人にたかる癖は直した方がいいと思うぞ」
「コラッ! 佐伯と児玉! 話を聞け!」
ボリュームを落として話していたつもりだったが流石に怒られてしまった。
昔の記憶。これはオレが幼稚園の時の記憶だろうか。
近所の公園でブランコに乗る妹の莉緒の背中を優しく押している。
もっと高くして欲しいと駄々をこねる莉緒に「危ないからダメ」と言い聞かせるが不機嫌になられても面倒なので渋々背中を押す手に力を込める。
徐々に高くなるブランコに興奮する莉緒。
オレは楽しそうに笑う莉緒を見て微笑んでいた。
どこにでもあるような幼少期の記憶。
それらがオレの脳内からこぼれ落ちていく。
大切な者を守る為に大切な記憶を失う。
過去を改変するのだ。これくらいの代償を払ってようやく等価交換になるのだろう。
オレが失う記憶は決まって楽しかった思い出ばかりだ。
辛かったことや悲しかった出来事は忘れることができない。
同じ過ちを繰り返さないように頭の奥底に深く媚びりついて離れないようにしているのかもしれない。
力を使い続ければオレはいずれ空っぽになってしまう。
負の感情を溜め込んだ人形に成り下がる。
怖い。考えたくもない。
どんどん身体が恐怖心に蝕まれていく。
終いには力を使っていた目的を忘れ、自分が何者であるかも忘れ、生きている意味さえも見失ってしまう。
この苦しみは誰からも理解されない。
相手側は助けられたという自覚が無いのだから感謝もされない。
別に感謝をされたい訳じゃないけど。
オレが目的を達成した時、普段と変わらずただ平凡な日常が流れていく。
誰の記憶にも残らない。ただ平凡な日々が。
—2—
目の奥に電撃が走り、視界が一瞬暗転する。
霧が晴れるように徐々に脳がクリアになっていき、視覚、聴覚と順番に感覚が戻り始める。
「おい道長、何見てんだ?」
賢介がオレの顔の前で手を上下させていた。
手の隙間から女子グループと談笑する灯の姿が見える。その後ろにはヘッドフォンで耳を塞ぐ結城の姿もあった。
どうやらオレは朝のホームルーム前にタイムリープしたみたいだ。
「悪い、魂抜けてたわ」
「やめてくれよ。まだ今日は始まったばっかだぞ」
聞き覚えのある台詞とともに賢介が特大な欠伸をした。
「ホームルーム始めるぞー! 席に着けー!」
白幡先生がいつもの調子で教室に入ってきた。
出欠を取り、連絡事項の伝達を行う。淡々とした声がしんとした教室に響く。
結城はなぜ自殺をするに至ったのか。
それが分からなければ解決のしようがない。
灯に相談するのも1つの手だが、前回の時間軸では結城に拒絶されているから得策とは言えない。
やはりオレが結城から直接聞き出すしかなさそうだ。
となると問題点は接触するタイミングか。
タイムリミットは昼休み明けの国語の時間。
休み時間に結城が席を立った時がベストだろう。
それまでは過去の行動を振り返りつつ結城の様子を観察するとしよう。
「ねぇねぇ、そんなに真剣な顔してどうしたの?」
灯が顔を寄せて小声で聞いてきた。
考え事をしていたせいで全然気が付かなかった。
「なんでもないよ」
「なんでもないことないでしょ。ちょっと顔怖かったよ」
「元々こんな顔だってば」
「そう言われてみればそう、かも?」
「失礼な奴だな」
「なんでよ、自分で言ったんじゃん」
灯との何気ない掛け合い。
あのまま灯の死を受け入れていたらこんな風に笑い合うこともできなかった。
そう考えると犠牲を払ってでも戻ってきてよかった。
「でさ、本当は何を考えてたの?」
透き通った瞳に目を奪われる。
「実は妹の誕生日がもうすぐなんだけど何かプレゼントしようと思ってて。何が良いかなと」
「ふーん、道長くんって妹いたんだ」
「2歳下だから今は中3だな」
咄嗟のアドリブでなんとか話を逸らすことができた。
疑うような視線を向けられているから誤魔化しきれてないかもしれないけど。
「中学3年生だと受験だから筆記用具とか? あ、でもそれだと勉強しろってメッセージにも取られそうだからスマホケースとかが良いんじゃないかな?」
「スマホケースか。その発想は無かったな」
「妹さんの誕生日っていつなの? 今度部活が休みの日にでも一緒に選びに行こうか?」
「いや、そこまでしてもらわなくていいよ」
「えー、ついでに何か奢ってもらおうと思ったんだけどなー」
妹の話に食いついたと思ったら目的はそっちか。
今日も灯は平常運転で安心する。
「いい加減貧乏人にたかる癖は直した方がいいと思うぞ」
「コラッ! 佐伯と児玉! 話を聞け!」
ボリュームを落として話していたつもりだったが流石に怒られてしまった。