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 新クラスになってから1週間が経過した。
 クラスメイトの顔も覚え始め、オレにも気を遣わずに雑談できる友人ができた。

「おはよ、道長」

「おはよう賢介(けんすけ)、今日も眠そうだな」

「ああ、昨日も夜まで練習だったからな。走り込みがキツくてもう体中バキバキだぜ」

 号令係の犬神賢介(いぬがみけんすけ)
 野球部に所属する彼は次期エース候補として期待されているらしい。
 賢介とは初回の体育の授業で行われた新体力テストでペアを組んだことをきっかけに話をするようになった。

 部活に全力を注いでいる代わりにその他で抜けているところが垣間見えるが根は良い奴だ。

「2人ともおはよっ! 賢介くん、机に鞄かけられないからそこ退いて欲しいなーなんて思ったり」

「あ、悪い」

 クラスの元気の象徴でもある灯の登場に賢介が後退りする。

「灯ちゃん、おはよー!」

「おはよーー!!」

 窓際で雑談をしていた女子集団に声を掛けられ、灯は笑顔で会話に混ざりに行った。
 空気の入れ替えで全開になっている窓から流れ込む春の風が心地良い。
 
 すっかりクラスの中心人物となった灯。
 男子はクラス委員の中村がまとめ役となっている。

 ぱっと見、孤立している生徒もいないようだし、非常に良いバランスを保っているのではないだろうか。

「去年の入学式が終わった少し後くらいのタイミングで野球部の仲間の間で可愛い人がいるって話題になったんだけど、間近で見ると余計にヤバイな」

「そんなにマジマジと見てると本人に気付かれるぞ」

「う、うるせーな。言うほど見てねぇってば」

「見てたのは否定しないんだな」

「うっさいわ!」

 賢介がオレの背後に回って首を絞めてきた。
 慌てて賢介の腕にタップをして解いてもらうように懇願する。
 運動部は自分の力の強さを理解していないから本当に危ない。下手したら人を殺しかねないぞ。
 というのは半分冗談だが、賢介に本気を出されたら力では敵わないだろう。

 ふと、窓際で談笑する灯に目を向けると視界の端に結城(ゆうき)の姿が入った。
 結城は自分の席に座り、何か痛みに耐えているような苦しい表情を浮かべて机の一点を見つめていた。
 手探りで鞄に手を突っ込み、ヘッドホンを取り出したかと思うとそのまま両耳を塞いだ。

 すると、結城の表情が少し和らいだように見えた。

「おい道長、何見てんだ?」

 賢介がオレの顔の前で手を上下させる。

「悪い、魂抜けてたわ」

「やめてくれよ。まだ今日は始まったばっかだぞ」

 そう言う賢介も特大な欠伸をしていた。

—2—

 慣れとは気が緩むことと同義で昼食後の国語の授業はちらほらと居眠りをする生徒が出てきた。
 挙手制で行われていた音読も決まった人しか手を挙げないという理由で段落読みに変更され、席順で順番に当てられている。

「次、誰ですか?」

 音読が途中で止まり、女子テニス部顧問の山田先生が窓際に目をやる。
 クラスが静まったことで居眠りをしていた生徒も異変を察知して顔を上げた。

「結城さん、結城さんの番だよ」

 結城の前の席の女子が机に突っ伏していた結城の肩を揺らす。
 慌てて飛び起きた結城は急いで教科書を開くもどこから読むのかが分からない様子。

「ここ、ここからだよ」

 教科書に指をさしてもらってようやく結城が読み始めた。
 みんなの視線を感じて若干声が震えていたがなんとか読み終える。

「結城さん、私の授業はそんなにつまらないですか?」

 空気が凍り付く。
 山田先生が教科書を閉じて何人かの生徒に視線を向けた後、結城と向き合う。
 音読で当てられた結城の名前を代表して口に出したが、他の居眠りをしていた生徒に対してのメッセージでもあるのだろう。

「い、いえ」

「あなたは何のために学校に来ているんですか? 寝るためですか?」

「……」

 結城の顔から血の気が引いていく。
 呼吸が乱れて焦点が定まっていない。

「どうなんですか、結城さん?」

 山田先生の追撃は止まらない。
 半ば八つ当たりのようにも感じられる。プライベートで何か嫌なことでもあったのかとつい疑ってしまう。

 寝ていた結城も悪いが、わざわざ授業を止めてまでする話か?
 こんな公開処刑のような真似をして何の意味があるのかオレには理解できない。

 国語の授業という性質上仕方が無いのかもしれないが、山田先生の授業は正直に言って退屈だ。
 教科書の音読と黒板の板書。授業の大部分がこの2つで構成されている。
 音読は1度読み終わってしまえばしばらく回ってこないし、板書は友人にノートを写させて貰えば何とかなる。

 その証拠に横の繋がりが強い運動系の部活に所属している生徒が居眠りの大多数を占めていた。犬神もその中の1人だ。
 山田先生もわざわざ吊し上げるようなことをしないで授業の内申点を下げてしまえばいいのに。

「わ、私は……」

 結城が何か言葉を出そうとした次の瞬間、両手で耳を抑えてその場に崩れ落ちた。
 椅子を倒して小さく蹲ったまま動かない。

「大丈夫、結城さん?」

 誰よりも早く結城の元に駆け寄ったのは灯だった。
 結城の背中をさすりながら何度も優しく「大丈夫」と言い聞かせている。

「山田先生、結城さんを保健室に連れて行ってもいいですか?」

 灯の声は普段よりも低く少し棘があった。
 恐らく山田先生に対して思うところがあったのだろう。

「お願いします」

 許可を貰い、灯と結城が保健室に向かった。
 その後、山田先生は何事も無かったかのように淡々と授業をこなした。