—1—
鳥のさえずりで目が覚めた。
相当疲れが溜まっていたのか昨晩はぐっすりと眠ることができた。
オレはあの日のことを今でも鮮明に覚えている。
莉緒の生存と引き換えにバイクの運転手は命を落とした。
オレはそれを夕方のニュースで知った。
児玉朝陽。19歳。大学生だった。
オレが過去を捻じ曲げたことが原因で青年は亡くなった。
オレが青年を殺したのだ。
他人の未来を奪った人間が人生を楽しんではいけない。
だからオレの力の代償は記憶消失なのかもしれない。
オレは重い十字架に耐えきれず、引きこもるようになった。
何をするにも罪の意識が芽生え、申し訳ないという気持ちが先行し、人と距離を置くようになった。
半年が経ち、学年も変わり、心機一転学生生活と向き合う覚悟を決めた。
青年に対して償いをする訳ではないが、身近な人間の力になることから始めてみようと行動に移した。
まあ半分巻き込まれる形だったけど。
青春特異体質発症者は救いを求めている。
オレも例外に漏れずその1人なんだろうな。
「道長くん、起きてる?」
扉の向こうから灯が呼びかけてきた。
「ああ、起きてるよ」
「失礼しまーす。これ差し入れ、よかったら飲んで!」
「ありがとう」
灯からスポーツドリンクを受け取り、テーブルに置いた。
冷えているから自動販売機で買ってきたのだろう。
「体の調子はどう?」
灯が椅子に座り、前のめりになって聞いてくる。
「まだあちこち痛むけど打撲だから時間が経てば治るはず。こっちはくっつくまでしばらくかかるかもしれないけど」
そう言ってギプスで固定されている左腕に視線を落とす。
そういえば灯も入院していたみたいだが目立った外傷は無さそうだ。
「私は道長くんが守ってくれたから軽い打撲で済んだんだ。昨日は念の為に入院していきなさいって言われて入院したの」
「そうだったのか。それは良かった」
空に浮かぶ雲が風に流されている。
この調子だと完全に桜が散ってしまうだろうな。
「あのさ、道長くんは何が起きるか全部分かってたんだね」
「うん。オレの力は時間跳躍なんだ」
「結城さんが屋上から飛び降りることが分かってたから落下地点にマットを敷いたってことか。でも昼休みの時点で私に話せなかったのはなんで?」
「誰かに話してしまったら未来が変わってしまう危険性があったんだ」
「そっか。私てっきり道長くんから信頼されてないんじゃないかって不安だったんだよ」
「それはないよ。他人のために自分を犠牲にできる人はそうそういない。そういった意味でもオレは灯を信頼してる」
灯ほど裏表の無い人間はいない。
感情がすぐ表情に出るし、何より疑問に感じたら言葉で直接聞いてくれる。
「道長くん、変なこと聞くんだけどいい?」
「なんだ?」
「道長くんの力で1年前に戻ったりすることはできない? どうしても会いたい人がいるんだよね」
「ごめん、オレの力は24時間より前には戻れないんだ。それに加えて自分では戻る時間の指定もできない」
「そうなんだ。残念」
灯が分かりやすく落ち込んだ。
この世には『巡り合わせ』という言葉がある。
オレと灯が出会ったのは偶然ではない。運命として定められていたのだとしたら。
あの日の出来事を夢として見たのも偶然ではない。
「どうしても会いたい人っていうのは?」
聞くのは怖かったけど聞かずにはいられなかった。
「お兄ちゃん。去年の夏にバイク事故で亡くなったんだ」
全てが繋がった瞬間だった。
今思えば灯が力を発動したきっかけは去年のとある出来事と言っていた。
時系列も完全に一致している。
「ごめん」
「なんで謝るの? 力の制限のことなら仕方ないよ」
「そうじゃない。灯のお兄さんはオレのせいで命を落としたんだ」
打ち明ける必要は無かったのかもしれない。
でも、灯に嘘はつけなかった。
「どういうこと?」
オレはあの日あの交差点で何が起きたかを灯に話した。
灯は終始落ち着いた様子でオレの話に耳を傾けていた。
灯が持ってきてくれたスポーツドリンクが汗をかき、テーブルに流れ落ち、水溜りを作る。
「あの日、私は夏風邪をこじらせて家で寝込んでたんだ。お昼まで布団で寝てて作り置きのお粥を食べようと思って起きたら喉とお腹が痛くてさ。最初は我慢してたんだけど全然治らなくて限界だったからお兄ちゃんに薬を買ってきて欲しいってお願いしたの」
だが、灯の兄は帰って来なかった。
病気で寝込んでいる妹からSOSを受けて相当急いでいたのだろう。
「私のせいでお兄ちゃんが死んじゃった。私がわがままを言ったせいで。私がお兄ちゃんの代わりに死ねば良かった。そう思ってたらこの力が発現してた」
自分と他人の位置を入れ替える力。
その背景は耐えきれない後悔と犠牲心から生まれたものだった。
「オレが過去改変をしなければ灯のお兄さんは助かっていたかもしれない。本当にごめん」
今まで溜め込んでいた後悔の念、罪の意識が溢れ出し、布団にシミを作る。
ぼやける視界の中、顔を上げると灯の頬を涙が伝っていた。
「私も道長くんの立場だったらきっと同じことをしてたと思う。だからさ、お兄ちゃんの分まで精一杯今を生きよう?」
誰よりも辛いはずなのに前向きな言葉を掛ける灯の姿に胸が締め付けられる。
心も体も大人になり切れていない不安定なオレたちは互いに支え合って今日を生きていく。
青春ブラックアウト、完結。
鳥のさえずりで目が覚めた。
相当疲れが溜まっていたのか昨晩はぐっすりと眠ることができた。
オレはあの日のことを今でも鮮明に覚えている。
莉緒の生存と引き換えにバイクの運転手は命を落とした。
オレはそれを夕方のニュースで知った。
児玉朝陽。19歳。大学生だった。
オレが過去を捻じ曲げたことが原因で青年は亡くなった。
オレが青年を殺したのだ。
他人の未来を奪った人間が人生を楽しんではいけない。
だからオレの力の代償は記憶消失なのかもしれない。
オレは重い十字架に耐えきれず、引きこもるようになった。
何をするにも罪の意識が芽生え、申し訳ないという気持ちが先行し、人と距離を置くようになった。
半年が経ち、学年も変わり、心機一転学生生活と向き合う覚悟を決めた。
青年に対して償いをする訳ではないが、身近な人間の力になることから始めてみようと行動に移した。
まあ半分巻き込まれる形だったけど。
青春特異体質発症者は救いを求めている。
オレも例外に漏れずその1人なんだろうな。
「道長くん、起きてる?」
扉の向こうから灯が呼びかけてきた。
「ああ、起きてるよ」
「失礼しまーす。これ差し入れ、よかったら飲んで!」
「ありがとう」
灯からスポーツドリンクを受け取り、テーブルに置いた。
冷えているから自動販売機で買ってきたのだろう。
「体の調子はどう?」
灯が椅子に座り、前のめりになって聞いてくる。
「まだあちこち痛むけど打撲だから時間が経てば治るはず。こっちはくっつくまでしばらくかかるかもしれないけど」
そう言ってギプスで固定されている左腕に視線を落とす。
そういえば灯も入院していたみたいだが目立った外傷は無さそうだ。
「私は道長くんが守ってくれたから軽い打撲で済んだんだ。昨日は念の為に入院していきなさいって言われて入院したの」
「そうだったのか。それは良かった」
空に浮かぶ雲が風に流されている。
この調子だと完全に桜が散ってしまうだろうな。
「あのさ、道長くんは何が起きるか全部分かってたんだね」
「うん。オレの力は時間跳躍なんだ」
「結城さんが屋上から飛び降りることが分かってたから落下地点にマットを敷いたってことか。でも昼休みの時点で私に話せなかったのはなんで?」
「誰かに話してしまったら未来が変わってしまう危険性があったんだ」
「そっか。私てっきり道長くんから信頼されてないんじゃないかって不安だったんだよ」
「それはないよ。他人のために自分を犠牲にできる人はそうそういない。そういった意味でもオレは灯を信頼してる」
灯ほど裏表の無い人間はいない。
感情がすぐ表情に出るし、何より疑問に感じたら言葉で直接聞いてくれる。
「道長くん、変なこと聞くんだけどいい?」
「なんだ?」
「道長くんの力で1年前に戻ったりすることはできない? どうしても会いたい人がいるんだよね」
「ごめん、オレの力は24時間より前には戻れないんだ。それに加えて自分では戻る時間の指定もできない」
「そうなんだ。残念」
灯が分かりやすく落ち込んだ。
この世には『巡り合わせ』という言葉がある。
オレと灯が出会ったのは偶然ではない。運命として定められていたのだとしたら。
あの日の出来事を夢として見たのも偶然ではない。
「どうしても会いたい人っていうのは?」
聞くのは怖かったけど聞かずにはいられなかった。
「お兄ちゃん。去年の夏にバイク事故で亡くなったんだ」
全てが繋がった瞬間だった。
今思えば灯が力を発動したきっかけは去年のとある出来事と言っていた。
時系列も完全に一致している。
「ごめん」
「なんで謝るの? 力の制限のことなら仕方ないよ」
「そうじゃない。灯のお兄さんはオレのせいで命を落としたんだ」
打ち明ける必要は無かったのかもしれない。
でも、灯に嘘はつけなかった。
「どういうこと?」
オレはあの日あの交差点で何が起きたかを灯に話した。
灯は終始落ち着いた様子でオレの話に耳を傾けていた。
灯が持ってきてくれたスポーツドリンクが汗をかき、テーブルに流れ落ち、水溜りを作る。
「あの日、私は夏風邪をこじらせて家で寝込んでたんだ。お昼まで布団で寝てて作り置きのお粥を食べようと思って起きたら喉とお腹が痛くてさ。最初は我慢してたんだけど全然治らなくて限界だったからお兄ちゃんに薬を買ってきて欲しいってお願いしたの」
だが、灯の兄は帰って来なかった。
病気で寝込んでいる妹からSOSを受けて相当急いでいたのだろう。
「私のせいでお兄ちゃんが死んじゃった。私がわがままを言ったせいで。私がお兄ちゃんの代わりに死ねば良かった。そう思ってたらこの力が発現してた」
自分と他人の位置を入れ替える力。
その背景は耐えきれない後悔と犠牲心から生まれたものだった。
「オレが過去改変をしなければ灯のお兄さんは助かっていたかもしれない。本当にごめん」
今まで溜め込んでいた後悔の念、罪の意識が溢れ出し、布団にシミを作る。
ぼやける視界の中、顔を上げると灯の頬を涙が伝っていた。
「私も道長くんの立場だったらきっと同じことをしてたと思う。だからさ、お兄ちゃんの分まで精一杯今を生きよう?」
誰よりも辛いはずなのに前向きな言葉を掛ける灯の姿に胸が締め付けられる。
心も体も大人になり切れていない不安定なオレたちは互いに支え合って今日を生きていく。
青春ブラックアウト、完結。