ひろゆきに何もかも話したおかげで気持ちはだいぶ軽くなっていた。このまま塞ぎ込んでいてもどうしようもないから、気持ちを切り替えていくことにする。

 そうだな……心がけるとするなら先ずは普段の姿勢を正すこと。これは元部長の口癖だ。私生活にうるさくて苦手だったけど今となっては尊敬してる。

 姿勢は気持ちの表れというけれど、まさにその通りだと思う。だからこそ今は姿勢を正して強く生きていかなきゃならない。

 もう一つは身の回りの掃除だ。

 長年帰らなかった空き屋の実家に戻ると、足の踏み場がないほど埃まみれになっていた。窓を全開放して、長年の埃を箒でかきだしていく。

「いいね、この風……」

 天候は晴れ。髪がなびくほどの風は吹いている。汗がひんやりと冷やされて気持ちがいい。

 次は水拭きでもしようと、庭から水道水をバケツ一杯くみ上げた。準備していた雑巾を蓋に引っ掛けて準備万端。

「よーし、綺麗にするぞ!!」

 そう意気込みながら自室に戻り、ふすまをピシャっと開けはなつと、部屋の中央に妙な物体が待ち構えていた。

「なんだこれ!! インテリアか? いや、六畳半に飾る扉なんて聞いたことねぇぞ!!」

 帰ってから後回しにしていた自分の部屋。そこに見慣れない物があるから、ロケットのようなツッコミがでてしまう。

 吸い寄せられるように近づいていくと、古びた床がきいきいと不気味に床鳴りした。重いバケツを一旦部屋の隅に置き、その流れでよく観察してみる。

 アーチ型の石が積まれており、その中に木製の扉がある。高さは約2メートルほどで裏側もそれといって異変はない。

「なんだよこれ。どこでもドアかよ。掃除しなきゃいけないのに邪魔だな。ああ、あれか?近所のイタズラか何かか?農業が嫌になって他人の家に奇妙なものを作りやがったか?ほんとに迷惑だな!!」

 小言のアクセルを全開にしながら、埃がかぶったドアノブを回す。

 すると脳裏に綺麗な女性の声が聞こえてきた。

『死に損ないが私に何の用事ですか?』
「……はい??」

 ん?今喋ったよな?え、聞き間違い??
 再び、首を傾げながら強引にドアノブを回すと、なおさら鮮明に声が伝わってくるのを感じた。

『だから、死に損ないが私に何の用事だって聞いてるじゃないですか?もしかして強引に扉を開けようとしてますか?哀れですね』
「なんだと…………」

 ちょっとだけ頭に血が登った。
 見ず知らずの扉に不法侵入された挙句、変なAIが脳裏に直接語りかけてくるなんて、時代が進歩してるんだな〜。とは全然ならない。

「おい、クソ扉。聞こえているならすぐに俺の家から出ていけ」

 すると、その言葉にやたらと反応した扉は、湯気のような蒸気を「ぷしゅ」っと放ち、部屋中の埃を撒き散らした。
 
『おやおや、口を開けば低脳の豚野郎でしたか。人間風情が私に出ていけとは、偉くなったものですね。お前が出ていけ』

 煙のように舞い上がる埃に、気管が機能しなくなる。涙目で「やめてくれっ」と頼むとケラケラと笑い声が返ってきた。

『うふふ。やめてほしい?でもそれってあなたの感想ですよね?』
「なんだと……」

 待て待て、落ち着け。
 いくら態度が悪いとしても、暴力はいかんよな。
 でも、やばい。ぶち破りたい。

 血がウズウズして上半身が気持ち悪い。多分きっと、次で殴っちまう予感がする。いや待てよ、娘の雫の顔を思い出せ。

「悪かった。俺が悪かった。強引に開けようだなんて失礼にも程があるよな。こう言っちゃなんだが、ここは俺の実家なんだ。これから掃除して、綺麗にして、いろんな物事に感謝したいと思ってるんだ。なんか、あれだろ?あなたもここから動けないんだろ??それならそれでも構わないさ。それも含めて俺の人生なのかもしれないしな」

 すると扉は長い沈黙の後。

『え?なんか言いました?』

 と言った。



 うん。絶対に許さない!!!!!!!!


 俺はポケットから年季の入ったジッポライターを取り出して、火を付ける。

 それをみた扉は、再び根本から蒸気を噴射しようとするが、「ぷすん、ぷすん」とガス切れになり、情けない音を鳴らした。

『あれ?あれれ、え、なんで??待ってください!!話し合いましょう??ねぇ、お兄さん??』

 慌てている様子を見て、俺は勝機を確信した。ほくそ笑みながらドアノブにゆっくりと火を近づけていく。

「おい、クソ扉。今その面拝んでやるから覚悟しろよ」
『いやん、もうダメ。殺される。ヒドい、ヒドイよ。そんな、そんな!』

 火が近くにつれて反応が面白くなることに気がつき、「ほれ、ほれほれ」とフェイントをかけて遊んでいるとその扉はムキになった。

『いいですよー。私なんてどうせ燃えてなくなっても誰も心配しませんから。一思いに燃やせばいいじゃないですか。どうせできないでしょ?小物だから』

 なんだコイツ。絶対爪痕を残してくるタイプだな。うし、やったるか。

「それでは」とお望み通りに炙ってやると、鼓膜をつんざくほどの悲鳴をあげた。

『うんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!』

 ぷすん、ぷすんと連射する音に笑いが込み上げてくる。ああ、いい気味だ。

「どうだ、やばいだろ?謝るなら今のうちだぞ?」

 そう脅すと、連射音が止まった。

『あれ?あれれ?全然熱くない?むしろ気持ちいい?』
「気持ちいいだと??意地を張るな!焼けるぞ〜今に焼けてしまうぞ〜」
『あーそこそこ。いいですね。もうちょっと右、いや左も捨てがたい』
「あーちきしょう。なんなんだよこのライター。そろそろ潮時か?」

 不思議に思い、ドアノブを触ってみたら飛び上がった。

「あっつぅ!!!!!殺すきかよ!!!!」
『ぷーくすくす。よんっわ。キモすぎ』

 ケラケラ笑ってるのが腹立って木材の方も燃やしてみたが、どうやら燃えない素材らしい。そんなこんなしているうちにライターのオイルが切れてしまった。

「ちくしょう。こんなにイライラしてんのにタバコも吸えないのかよ。まじ最悪じゃねぇーか」
『あらあら、ご愁傷様です。火の使い道もわからないなんて猿なんですか?? あれれ?あらまぁ〜うそでしょ!?お兄さん何かに似てると思ったらチンパンにそっくりですね』
「誰がチンパンじゃあ!!まあ、いい。今回は負けを認めてやるよ。いい暇つぶしにはなりそうだからな、あとで覚えてろ!」

 そう言いながら、奇妙な扉に渾身の痰を吐き捨てて、近くのコンビニに向かった。

「クソが、ざまぁみやがれ!!!」