月夜は夢を見た。
 先ほど見た幻影の続きだった。
 幼い月夜の目に映るのは恐る恐る近づいてくる暁美の姿。
 こちらに向かって無邪気な笑顔を振りまくその様子は、あまりに純粋で悲しくなるほどきれいだった。


「月夜、遊ぼう」

 これは月夜が4歳の頃の暁美だ。少し大人びてきて美しく成長している。
 月夜はなぜか返答できなかったが、喜びでいっぱいだった。
 きっと笑っていただろう。
 この穏やかでやさしい時間は、母の言葉で遮られた。


「暁美!」

 暁美はびくりとして、慌てて振り返る。
 母は鬼の形相で突っ立っていた。


「勉強の時間よ」
「はい、お母さま」
「それと、月夜に近づいてはいけないとあれほど言ったでしょう? 言うことが聞けないのですか?」
「お母さま、なぜですか? 昨日まで一緒にいたのに、なぜこれからは月夜に会ってはいけないのですか?」
「この子はもうお前の妹ではありません。この家に災禍(わざわい)をもたらす不幸な子なの。本当におぞましい子だわ」

 母は恐ろしい目つきでこちらを見つめた。
 だが、暁美は必死にそれを否定した。


「違います。月夜はとてもかわいいです。だって昨日は月夜と雪遊びをして……」

 ばしんっと派手な音がして、暁美の頬が赤く腫れ上がった。
 母は手を振り上げたまま鋭い目で暁美を睨みつけている。
 暁美は叩かれた頬を手で押さえて涙目になった。


「わたくしの娘はあなたひとりよ、暁美。月夜のことは忘れなさい」
「ひぐっ……どうして、どうして……?」

 嗚咽をもらす暁美に対し、母は怒りの形相で怒鳴りつける。


「月夜は化け物なのよ!」

 その言葉に暁美は驚愕し、震えた。
 暁美はわああっと声を出して泣いた。
 母は使用人を呼びつけて、暁美を連れて出ていくように命じる。


「月夜……月夜……」

 暁美は使用人に手を引かれながら、何度も月夜のほうへ振り返った。
 誰もいなくなると母は月夜を見下ろして、ぼそりと呟いた。


「こんなことになるなら産むのではなかったわ」

 あまりに冷たい言葉だった。
 おそらくそれが、一番最初に母が月夜を拒絶した言葉だろう。
 これまで父も母も月夜にどことなくよそよそしい態度だったが、昨日光汰の怪我を治して覚醒してからは、父と母は月夜のことを化け物と罵った。

 使用人たちは月夜に向かって哀れみの言葉を口にした。


「かわいそうに。化け物の姿で生まれてしまって」
「光汰さまも暁美さまも人間だったから、次もそうなると思っていらしたのでしょう。とんだ誤算だと旦那さまはおっしゃっておられたわ」
「これからは隔離されて過ごされることでしょう」
「私たちもお世話をするのが怖くてたまらないわ。だっていつ狂暴化するかわからないのでしょう?」


 誰も、味方がいなくなった。
 これからは狭い部屋に閉じ込められて、孤独に生きていかなければならない。

 そんな中、ただひとりだけ、月夜に笑いかけてくれたのが祖母だった。


「月夜、大丈夫だ。お前は必ず幸せになる」

 月夜は何も言えず、ただ静かに涙を流した。