ふたりは屋敷を抜け出し、裏の林道のほうへ向かった。
 月夜はほとんど屋敷の外を知らないが、たまにある先祖の墓参りの帰りに深い林を通った記憶はある。
 昼間のことだったが、今は月も見えない雨の夜。林の中はほとんど闇だ。

 わずかに残った妖力で夜目が利くので、うっすらと周囲の様子がうかがえた。
 雨でぬかるんだ砂利道は滑りやすく、足を取られそうになる。

 縁樹は怪我をしていないほうの手でしっかり月夜の手を握っている。
 もう一方の腕は傷が深い。彼の脇腹も血に染まり、打ちつける雨の雫が赤く染まるほどだった。

 走っている途中に縁樹がつまずいて転びそうになった。


「縁樹さん、大丈夫?」

 縁樹は片膝ついて呼吸を荒らげる。
 月夜は彼の肩をつかんで謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「平気です。大丈夫」

 縁樹は草陰に隠れるようにして、その場に座り込んだ。
 そして月夜の顔をうかがい、安堵したようにため息をつく。


「君が無事でよかった。間に合わなかったら後悔するところだった」

 それを聞いた月夜は先ほどの縁樹の言葉を思いだした。

「そういえば私が死ぬ夢を見たって……でも、どうしてそれで」
「僕は夢で未来を()るんです。自分の意思に関係なく」
「予知夢?」

 縁樹は真顔でうなずく。

「いつもは遠く未来(さき)のことがおぼろげに視えるだけです。それなのに今日はあまりにもはっきりと、君が死ぬ夢だった」

 どきりとして月夜は表情を強張らせる。


「近い未来、それもすぐ目前に迫っている。本当は明日まで様子を見るつもりでしたが、胸騒ぎがしたので」
「ごめんなさい。でも、ありがとう。あのままだったら本当に私は死んでしまっていたかもしれない」

 月夜は正直に今夜あったことを話した。

「ガーリックオニオンを、食べたんです」

 それを聞いた縁樹は納得したように目を伏せた。


「妖力が落ちてしまったんですね。僕が余計なことを言ったから」
「縁樹さんのせいじゃないよ。私がそうしたいと思ったの。何の不自由もなく、あなたと一緒にいたいから」

 縁樹は顔を覆い隠すように手で前髪をくしゃっとかきむしる。
 彼がまるで自分を責めているように月夜には見えた。だから、必死に言いわけをする。


「私はあまりにも浮かれていたの。あなたのおかげで外に出られるようになったし、この先自由に生きていけると思ったら油断していた。両親も、私に関心を示してくれて……」


 正直、両親が月夜に目を向けていることにも、呆れるがわずかに喜びの気持ちがあったことは否めない。
 複雑だった。これほど長いあいだ虐げてきた両親に対して、月夜は憎み切れない気持ちが芽生えている。

 たとえそれが、偽りの愛情であっても。