あっという間に時間が経ち、月夜は縁樹の馬車で帰路に就いた。
いろいろなことがあったけれど、自分と同じ思いや痛みを共感し合える人と出会えて、月夜の心は満たされていた。
そういえば姉の暁美が女学校の友だちの話をよく自慢していた。
月夜には友だちと呼べるものがいなかったから、理解できなかったけれど。
メアリーは友だちなのだろうか。
友だちはいいものだなあ、と月夜はひとり微笑んだ。
縁樹のおかげで月夜は少しずつ広い世界を知っていく。
馬車に揺られながら蹄の音に耳をすませた。
向かい側に座る縁樹は腕組みをしてうつむいている。
もしかして寝ているのかなと月夜は思った。
けれど、彼は月夜の視線に気づいたのかすぐに顔を上げた。
「疲れました?」
「うん。でも、すごく楽しかった」
「そうですか。それはよかった」
ふたたびの沈黙。月夜はどう話せばいいかわからず、唇をぎゅっと引き結ぶ。
先ほどの縁樹の様子を思い出しては少し萎縮しているというのもある。
そんな月夜の心情を読みとるように縁樹はおもむろに訊ねた。
「怖いですか?」
月夜はどきりとした。
縁樹は真顔で月夜に目を向ける。夜のせいか彼の黄金の瞳がやけにぎらぎらして見えた。
「ううん、大丈夫」
月夜が控えめな返事をすると、縁樹はため息をついた。
「僕は結構、敵が多い」
月夜はどきりとして両手を硬く握りしめた。
不安げに見つめると、縁樹は困惑の表情をしていた。
「先ほどのように素が出るかもしれません。しかし、君を怖がらせるつもりはないので、どうかご容赦ください」
縁樹はいきなり深く頭を下げた。
あまりに丁寧で、少し自信がなさそうに言われるから、月夜は別の感情が芽生えた。
縁樹に対して恐ろしいという気持ちはまったくなく、むしろとても安心できたし、それに今はわずかに胸が熱く不思議な感覚に囚われる。
「縁樹さん、私は大丈夫だから」
「困った。あんなに取り乱すつもりはなかったのに」
縁樹は額に手を当てて唸っている。
月夜は彼を励ますつもりで素直な気持ちを口にした。
「怖くないよ。だって、どっちの縁樹さんもかっこいいし素敵」
そう言った瞬間、縁樹は驚いて固まった。