あまりに美しい厠に逆に緊張してしまったが、どうにか済ませて出ることができた。
 しかし、メアリーの姿が見当たらない。
 人が多いので探し出すことも難しく、うろうろしていたら迷ってしまった。

 周囲を見わたすと、着飾った婦人たちが談笑する様子や大人の男性たちが酒を飲んで騒ぐ様子が目に飛び込んでくる。
 彼らの声が月夜の頭の中に響きわたる。

 月夜は人の多さに酔ってしまい、くらりと眩暈がした。


「どうしよう……」

 どくんどくんと鼓動が鳴る。
 一気に不安が押し寄せてきて全身が震えた。


「ねえ、君、どこのお嬢さん?」
「かわいいね。俺たちとお話しない?」

 見知らぬ男たちに声をかけられて緊張しながら答える。

「え、えっと……知り合いがいるので」
「いいじゃん。楽しいところに行こうよ」

 震える月夜を見て、面白がって笑う人たち。

「なあ、いいだろう?」


 男に腕をつかまれて、月夜の恐怖が極限に達した。
 身体の奥からふつふつと血が沸き立つ感覚がある。
 月夜の()が紅く光った瞬間、別の者が声をかけてきて気がそがれた。


「あなたは、あのときのお嬢さんではないですか!」
「えっ……?」

 振り返ったそこには、以前に一度だけ会ったことのある男がいた。
 月夜の脳裏によみがえる、ただひたすら悲鳴を上げる男の姿。


干野川(ほしのがわ)、さん?」
「おおっ、僕の名前を覚えていたのか!」

 月夜の腕をつかんでいた男がちっと舌打ちした。

「なんだよ、男がいるのか」

 そう言って彼らは立ち去っていった。
 月夜はほっと安堵して、干野川に礼を言った。


「ありがとうございます。絡まれて困っていたんです」
「あんな品性のない野郎どもは無視しておけばいいんですよ」
「そうですね。次から気をつけます」


 月夜は色白の彼の顔を見てどきりとした。
 その頬には月夜がつけた傷跡がうっすらと残っているからだ。


「あのときは、本当にごめんなさい。顔に残ってしまったんですね」
「ああ、この傷のことか。いいんですよ。責任を取っていただければ!」
「責任……?」

 月夜が不安げに首を傾げると、干野川はにこにこしながら言った。


「この傷のせいで僕は縁談をしても令嬢に逃げられてしまうのです」
「……ごめんなさい」
「だから、君が僕と結婚をすればいい」
「えっ……」

 月夜はどきりとした。