夜会当日の夜、月夜は縁樹に贈られた洋服を身につけた。
白地に赤の模様が複雑に散らばる刺繍が施してあり、遠目からは淡い桃色に見える。
そして布地はすっきりしていて、ふわっとした裾広は足首が見える程度の丈になっている。
「かわいらしいですね」
という使用人のとなりで、母は不服そうだった。
「もっとこう厚みがあって派手なドレスでもよかったのに」
無償でいただいたものなのによくもそんなことが言える、と月夜は冷めた表情で母を見つめた。
ごく自然に見える化粧をして紅は濃くしなかった。
髪は結い上げず、さらりとまっすぐ流した。
「まるで西洋人形のように美しいですわ」
使用人がそう言ったが、母は無反応だった。
代わりに月夜に挨拶の練習を命じる。
「さあ、月夜。西洋式挨拶をもう一度やりなさい」
月夜は両手で洋服をつまんで膝を折り、片方の足をうしろに引いてお辞儀をする。
「ふん、まあまあね。とりあえず挨拶は大丈夫でしょう」
母は腕組みをして月夜を見下ろす。そして思いついたように訊ねた。
「そういえば月夜は異国の言葉はできるのかしら?」
「祖母に少し習いました」
「これからしっかり勉強するのよ。烏波巳さまの嫁として恥ずかしくないように」
教育を受けさせてくれなかった母が今では勉強しろと言っているのが、月夜には滑稽であり、同時に胸が痛くなった。
けれど、ここで感情的になるとせっかくのパーティが台無しだ。
「わかりました」
と月夜は黙って返事をした。
約束どおり、縁樹は本当に馬車で月夜を迎えに来た。
彼はめずらしく黒の洋装にインバネスコートを羽織った姿だった。
帽子をかぶっていないので月夜と同年齢の少年のように見える。
「月夜さんの服、似合っていますね」
「ありがとうございます。その……縁樹さんも、素敵」
「そうですか。ありがとうございます」
月夜が頬を赤らめると、縁樹も照れくさそうに目をそらす。
その様子を見た母がにやにやした。
「すでに夫婦のようなふたりだわ」
使用人たちに向かって誇らしげに語る母を月夜は無視して、縁樹に西洋式挨拶をした。
縁樹はわずかに微笑んで、月夜に手を差しだした。
「西の国ではこのようにして馬車に乗ります」
月夜は恥ずかしくて一瞬躊躇したものの、縁樹の申し出を断ることはできない。
彼の手に、自分の手をそっと乗せる。
すると縁樹は月夜の手を握り。ふわっと馬車へ誘導した。
馬車に乗るのも初めてだが、男性に手を引かれるのも初めてだ。
月夜は顔を赤らめるだけでなく、胸の鼓動も壊れそうなほどドキドキしていた。
月夜が馬車に乗るとき、縁樹は御者を紹介した。
「明るい方です。しゃべりませんが」
御者は月夜に向かってにこっと笑顔を向ける。
月夜はぺこりとお辞儀をした。