屋敷に閉じ込められて育った月夜は町へ出かけたことがない。
 まれにあった外出でも町を通ることはなく、この目で見るのは初めてだ。
 祖母や兄から聞く話で想像することはあったが、実際に目の当たりにするとそこは別世界だった。


「わあっ、すごーい!」

 月夜を乗せた人力車は町の中を走り抜ける。
 石造りの西洋建築が建ち並び、和服と洋服を着た人たちが混在する。

 見たこともない建物、見たこともない乗り物、そしてあまりにも多い人の数。
 月夜は圧倒され、同時に感激のあまり子どものような声を上げた。


「すごいね。まるで異国に来たみたい。あっ、あれは何?」
「あれは乗合 (のりあい)馬車です。大勢の人を乗せた籠を馬で引っ張るんです」
「へえっ!」

 月夜は通り過ぎていく馬車を見て感動している。
 対する縁樹は興味もなさそうに義務的な説明を淡々とする。


「このあたりは西洋の文化がかなり進んでいます」
「本当。町がこんなに素敵だなんて知らなかった」

 初めて見るものに感動し、目を輝かせる月夜の様子を、縁樹は横目でちらりと見る。
 そして、彼は提案した。


「食事でもしますか? 西洋料理の店があります」

 それを聞いた月夜はすぐさま景色から縁樹へと目線を移動し、驚いたままの表情で声を上げた。

「西洋料理!?」


 到着した場所は煉瓦作りの建物で、看板には異国の文字が書かれていた。
 店内には洋卓(テーブル)と椅子が並び、洋装と和装それぞれの格好をした客が混在している。
 かちゃかちゃと食器の音とざわっとした会話の音が混じって聞こえる。

 月夜は緊張しながら案内された席に、縁樹と向かい合って座った。
 めずらしいものに目が行くため、周囲をきょろきょろ見まわしてしまう。

 きらめく装飾照明(シャンデリア)やめずらしい骨董品(アンティーク)に月夜は目を輝かせる。
 けれど、なぜかそれらを見ると胸が熱くなり、わずかばかり切なくなるのだ。


「なんだか不思議。初めて見るのになつかしい感じがするの」
「それは君が英吉利(イギリス)の血を引いているからです。ゆえに英国文化に郷愁(きょうしゅう)を感じるのでしょう」

 縁樹が当たり前のように言ったが、月夜は驚いて固まった。


「わ、私……異国の人間なの?」

 そんな話は一度も聞いたことがない。
 驚く月夜に縁樹はさらりと言う。


「媛地家は300年ほど前に海を渡ってきたと聞いたことがあります。この国は閉ざされていたので君の家は代々ひっそりとその血を()いでいたのでしょう」

 300年とはまた気の遠くなるような話だが、もしかしたら縁樹にとってはそれほど昔ではないのかもしれない。