とある晴れた日のこと。
 月夜はこの日、縁樹と出かけることになっていた。

 月夜にとって外出はこれまで数えるほどしかない。
 幼い頃の祖父の葬儀と、祖母に付き添われて近くの寺に足を運んだくらいだ。
 それも雨の日だったのでよかったが、今日は朝から雲ひとつないほど晴れていて、それを両親が不安視していた。


 月夜は縁樹に贈られた着物を来て、髪を()いてもらった。
 もともと肌が白いので化粧は薄めで(べに)も控えめにしてある。
 着飾った月夜を見た母が感激の声を上げた。


「まあっ、本当に美しいわ! やっぱりわたくしの子ね」

 月夜は冷めた目を母に向けた。


「ふむ。媛地家の令嬢として恥ずかしくない格好だ。これなら烏波巳さまもお喜びになるだろう」

 父が腕を組み、満足げにそう言った。
 このふたりの気持ち悪いくらいの愛想のよさに、月夜はどうにも慣れなかった。


「けれど、本当に外出して大丈夫かしら? 月夜の身体(からだ)にもしものことがあったらと心配だわ」

 母が困惑の表情で言う。


 それもそうだろう。
 月夜が死んだら上級華族との縁が途絶えてしまう。
 母はこの縁談に命を懸けているようだった。

 それは月夜も同じこと。
 この家から出るために、今は静かに彼らの機嫌をとっておく。

 それでも月夜は気づかれないように、冷え切った視線を両親に送るのだった。


 縁樹が訪れると、両親と使用人たちは一斉に並んで彼を出迎えた。
 仰々しい媛地家の対応に比べて、縁樹はひとりきり。
 この前のような黒ずくめの男たちはいなかった。


「お久しぶりです、月夜さん。以前より顔色がよくなりましたね」

 相変わらず愛想をどこかへ落としたような表情で、縁樹は淡々と言った。
 月夜は「はい」と控えめに返事をする。

 縁樹は以前と似た紺の和服に橙黄色の羽織を着た格好である。
 そして洋装の帽子もかぶっている。

 久しぶりに彼の姿を見た月夜はうれしくなると同時に、妙に緊張してうまく目を合わせることができなかった。


「その着物、似合っていますね」

 縁樹にそう言われて、月夜が返事をしようとしたら背後から母が遮るように声を上げた。


「本当に自慢の娘でございます。烏波巳さまのお見立ては本当に素晴らしいですわ」
「僕は月夜さんに()いています」

 縁樹がさらりとそう言ったので、母は表情を引きつらせて黙った。
 月夜はうっかり笑いそうになるのをこらえて、縁樹にふたたび目を向ける。


「素敵です。私にはもったいないくらい。ありがとうございます」
「どういたしまして」
 と縁樹は真顔で返事をした。