月夜が烏波巳(からすばし)家に嫁ぐことが決まってから、何人もの使用人が朝から晩までそばについた。
 今までひとりの時間が多かった月夜はそれに慣れていたため、終始誰かがそばにいることが少々(わずら)わしく感じた。

 あれから月夜の食事は驚くほど豪勢になった。
 朝は茄子の味噌汁と漬物に麦飯、昼はあんパンと牛乳。
 そして夜は焼き魚と煮物、白飯に根菜汁というものだった。

 今まで少食だったのに、いきなりこんなに与えられても身体(からだ)は受けつけず、月夜は半分残していた。
 すると、毎回食事の内容が変わっていった。

 父の命令で月夜が完食できるように料理を工夫しろと言われているようだった。
 父に怒鳴られる使用人たちが気の毒なので、月夜は吐きそうになりながらも残さず食べるようにした。


 ある日、父が家族みんなで食事をしようと言った。
 月夜はもちろん断った。
 今さら仲良しの家族ごっこなどしたくもない。
 実の娘を売り飛ばそうとした父のことなど信用できるはずがないのだから。


 兄の光汰は月夜に会うことができなくなった。
 月夜には見張りがついていて、光汰は近づくことができない。

「大切な身ですから殿方は誰であってもお会いできません」

 使用人の(かたく)なな言葉に光汰は憤慨する。


「俺は月夜の兄だぞ」
「しかし、旦那さまのご命令です。兄君の光汰さまも決してお会いすることはできません」


 光汰は納得できないようで、幾度となく月夜に会わせろと文句を言っていた。
 あれほどひどい怪我を負わされたというのにまだ妹に執着するというのが月夜には理解できなかった。
 けれど、光汰はやがてあきらめたようで、ぱったりと来なくなった。

 そんな生活がひと月ほど続いた頃、母がうれしそうに月夜の部屋を訪れた。


「烏波巳さまから贈り物が届いたわ」

 母が使用人たちに持って来させた贈り物は着物だった。
 上質な紅梅色(こうばいいろ)の生地に花柄模様のある月夜にとっては少々派手めな代物だった。


「なんて高級な着物でしょう。絶対に月夜に似合うわよ」

 母の言葉に月夜は黙って冷めた視線を送る。


「どうでしょう? 今まで古いものしか着たことがないので想像できません」

 わざとそんなことを言う月夜に、母は眉をぴくりと動かしたが、感情は出さず笑顔を作っている。
 それを見ると月夜は滑稽な気持ちになるのだった。