月夜が顔を上げるとふたたび黄金の瞳とぶつかり、羞恥に頬が熱くなった。
 せっかく名乗ってくれたのに顔を背けることもできず、月夜は軽く会釈をした。


「祖母の葬儀にいらしてくださいましたよね? 忙しさにかまけてきちんとご挨拶をしておりませんでした。しかし、烏波巳(からすばし)さまはお若いとは聞いておりましたが、まさかこれほどとは……」

 父が額に汗を(にじ)ませながら愛想笑いを向ける。
 だが、縁樹はそれを無視して続けた。


「僕は媛地(ひめじ)香月(かづき)さんの遺言を預かっています。今日はそのことで来ました」

 媛地家側の人間がざわついた。
 しかし、あちら側は無言のままである。
 父は首を傾げながら訊ねた。


「遺言ですか。そのようなもの、私たちにはありませんでしたが」

 困惑しながら緊張ぎみに話す父の様子を見るに、烏波巳家は媛地家よりもずっと格上の家柄なのだろうと月夜は思った。


「見ますか?」

 縁樹が遺言状を畳の上に置いて差しだすと、父がそれを手にして目を通した。


「た、たしかに母の字だ。しかし、これは……」

 父が急に表情をやわらげ、口もとに笑みを浮かべた。
 すると、縁樹もそれに同意するようにうなずいた。


「はい。そこに書いてあるとおりです」

 父は満面の笑みでとなりの暁美に声をかけた。


「暁美、お前はこちらの烏波巳家の方に嫁げるらしい」
「本当ですか? お父さま!」

 暁美が手を叩いて感激の声を発した。
 すると、すぐに暁美のとなりにいた母もそれに便乗する。


「まあ、素晴らしいわ! 暁美、こんなすごい方と縁談だなんて!」

 父は暁美の肩を抱いて大喜びである。


「太陽の化身である烏波巳さまだ。お前の名前にぴったりじゃないか」
「まあ、本当ね。まるであたしはこのために生まれてきたようだわ」

 父と暁美の会話を聞きながら、月夜は無言でうつむく。


 この場所に自分がいる意味があるのだろうか。
 姉の縁談話に自分は必要ないのではないか。
 しかも、ついこのあいだ別の家門と破談になって怒り心頭だった両親はもう歓喜に満ちている。
 その様子を見ると月夜はうんざりするのだった。

 しかし、これで彼らはおとなしくなるだろう。
 そうなれば、月夜は殺されずに済むかもしれない。