日の当たらない暗い奥の畳部屋にはほとんど人が寄りつかない。
 家族はもちろん使用人でさえ、その部屋を訪れるのは食事を運ぶときくらいだった。

 そこには吸血鬼の血を濃く受け継いで生まれた娘が閉じ込められている。
 それが月夜だ。


 媛地(ひめじ)家の遠い先祖は吸血鬼であり、その血はずいぶん薄まっていたが、明治のこの時代にふたたび強い力を持って生まれてきてしまったのだ。
 茶髪黒瞳家系の媛地家に月夜は薄紅(うすくれない)の髪と(あか)い瞳というめずらしい容姿で生まれた。

 両親は(いぶか)しんでいたが、それが決定的だったのは兄の光汰(こうた)と庭で遊んでいたときのことだった。


 その日は前日まで吹雪が続いたせいか、屋敷の庭一面が雪景色だった。
 からりと晴れた空には雲がひとつもなく、太陽の光が庭に照りつける。

 空気が暖かく、雪はそれほど冷たく感じなかった。
 月夜は兄の光汰とふわふわの雪を思いきり投げ合って遊んだ。

 ところが光汰は走りまわっているときに突如、足を取られて池の中に落ちてしまった。
 もっさりと植木に覆われた雪のせいで池に気がつかなかったのだ。

 光汰は転倒した際、腕と足に怪我をして流血してしまった。
 池の水もかなり冷たいようで、彼は大声で泣き叫んで助けを呼んだ。


 使用人たちが駆けつけるあいだ、月夜は泣いている兄をかわいそうに思って、なんとか怪我が痛くないようにしてあげられないかと考えた。
 そういえば、ついこのあいだ使用人の誰かが指を怪我して()めていたのを目にしたばかりだった。


 傷口を舐めれば痛みがなくなる、と月夜は思った。
 だから光汰の腕の傷口を、月夜は舐めたのだった。

 だって、大人がこうしていたから。
 月夜はそれを真似ただけだった。


 光汰の傷口から血が止まった。
 どうやら痛みも消えたようで光汰は急に笑顔になった。
 痛くない、と言いながら月夜に腕を振ってみせた。

 それを見た月夜もうれしくなり、やはり大人たちはこうやって傷を治しているんだなと学んだ。
 それなのに、月夜の両親は褒めてくれるどころか、おぞましいものでも見るかのように月夜を睨みつけたのだった。


「月夜、お前は二度と外に出てはならん!」


 そのときの両親の顔を月夜は忘れたことがない。
 月夜はまだ4歳だった。