それからというもの、毎日白川を我が家に招く様になり、学校が終わった後も彼と共に過ごすのが日常となった。
学校が終わり次第共にバスで最寄りのバス停まで戻り、時に何処かの店に寄り道などをしながら我が家へと二人で帰る。そしてローテーブルで課題を熟し、十八時頃に夕飯の買い出し。夕飯の後は他愛の無い会話をする事が殆どだが、時々白川はスマホで漫画を、私は読書を、などと個々思い思いの時間を過ごす事もあった。
今まで一冊も所持していなかった料理の本は増え、料理の腕は劇的に上がった。今やハンバーグを焦がす事も無い。これも全ては、白川の御陰だと言える。
十一月中旬。制服の上にコートが必要になり、マフラーや手袋を使い始める生徒がちらほらと見え始めた頃合い。私と白川は学校帰り、一軒の本屋に寄っていた。
私の影響か紙の本や小説を読む様になった白川は小説コーナーへ。白川の影響で漫画も読む様になった私は漫画コーナーをふらついていた。
びっしりと並べられた漫画達を眺めながら、何か面白そうな作品は無いかと物色する。最近クラスメイト達がよく話している作品や、アニメ化、実写化が決まった作品は平積みにされており、古い作品などは本棚に押し込まれている。表紙だけで購入する人も割と多いと聞く為――所謂ジャケ買いという奴だ――本棚に押し込まれた本達はあまり手に取って貰えないのだろう。本棚に詰め込まれたものは、背表紙が色褪せていたりシュリンクが破れていたりするものが複数あった。本が好きな人間からすると、悲しい光景である。
私は基本的に表紙デザインや絵柄よりもストーリーを重視する為、平積みされたものよりも本棚に詰められた漫画を重点的に見て回った。
「……」
漫画コーナーのすぐ近くにある、料理本コーナー。
周囲に白川が居ない事を確認してから、そっと料理本コーナーへと足を向けた。
どれだけ料理の腕が上がっても、満足する事は無い。寧ろ、腕が上がれば上がる程、料理への関心は上がっていく。
ふと〝男性が喜ぶ味付け料理 全集〟と背表紙に書かれた本が目に留まり、その本を本棚から抜き取った。パラパラとページを捲り、書かれたレシピに目を走らせる。
さば味噌、唐揚げ、ハンバーグ、肉じゃが、ガーリックチャーハン、等。なんだ、どれもオーソドックスな料理ばかりじゃないか、なんて思うも、調味料や作り方を見てみればアレンジが施されていて、男性好みの味付けに工夫されている様だった。
この本は、是非じっくりと読んでみたい。白川が帰った後の、一人の時間にでも読むとしよう。数冊持っていた漫画と共に、その本を胸に抱えた。
「――遠海、本決まった?」
丁度タイミングが良く、小説コーナーから白川が戻ってきた。その手には数冊の小説が持たれていて、彼はすっかり読書好きになってしまったのだと実感する。夏には、紙の本は読まないなんて言っていたのに。
彼の問いに頷くと、白川の視線が私の胸に抱えられた本に落ちた。
料理本――特に男性好みの味付けの料理が乗った本を選んでいるなんて絶対に知られたくはない。さりげなく体を捻って、抱えた本を隠す。しかし、私が立っているのは料理本コーナーの前。
「料理、もう充分上手いじゃん」
呆気なく、料理本を物色していたのがバレてしまった。
「もうハンバーグも焦がさなくなったし」
〈黒歴史を蒸し返すな〉
流石に外で、タブレットで筆談はしない。最近では、白川に教わってインストールしたSNS型メッセージアプリで白川にメッセージを送り、会話をしている。
私が選んだ本がどんな本か、というのには興味が無かったのか、将又家にあるものと何ら変わりない料理本だと思い込んだのか白川はスマホに視線を落としたままで、もう私の腕に抱えられた本に目を向ける事は無かった。
「あのハンバーグがあったから今があるのに」
〈私にとってあのハンバーグは一生の恥だ〉
「恥、ねぇ。可愛いと思うけど」
可愛いって、なんだよ。
最近、白川は時々〝可愛い〟なんて言葉を私に使う。それも、今の様に全く嬉しくない時にだ。可愛いと言われて悪い気はしないが、言うならばもっと他の所を褒めて欲しいものである。
いや、事実料理を作れば「美味しい」「料理上手くなったな」と毎度褒めてくれるし、勉強を教えてみれば「教えるのが上手い」「分かり易い」なんて言ってくれるし、新しい服の一着でも買えば「似合ってる」と言ってくれるのだが、黒歴史を可愛いと言われたい訳では無い。私にとってあのハンバーグは一生の恥なのだ。どれだけ可愛いと言われようがその気持ちは変わらない。
白川をじとりとした目で暫し見つめた後、スマホをスカートのポケットに押し込みレジの方へを足を向けた。
「そんなに怒んなくても」
別に怒ってない。
そう言いたくても、スマホはポケットの中だ。わざわざ出すのも面倒に思い、彼の言葉を無視してレジの最後尾に並んだ。
*
学校が終わり次第共にバスで最寄りのバス停まで戻り、時に何処かの店に寄り道などをしながら我が家へと二人で帰る。そしてローテーブルで課題を熟し、十八時頃に夕飯の買い出し。夕飯の後は他愛の無い会話をする事が殆どだが、時々白川はスマホで漫画を、私は読書を、などと個々思い思いの時間を過ごす事もあった。
今まで一冊も所持していなかった料理の本は増え、料理の腕は劇的に上がった。今やハンバーグを焦がす事も無い。これも全ては、白川の御陰だと言える。
十一月中旬。制服の上にコートが必要になり、マフラーや手袋を使い始める生徒がちらほらと見え始めた頃合い。私と白川は学校帰り、一軒の本屋に寄っていた。
私の影響か紙の本や小説を読む様になった白川は小説コーナーへ。白川の影響で漫画も読む様になった私は漫画コーナーをふらついていた。
びっしりと並べられた漫画達を眺めながら、何か面白そうな作品は無いかと物色する。最近クラスメイト達がよく話している作品や、アニメ化、実写化が決まった作品は平積みにされており、古い作品などは本棚に押し込まれている。表紙だけで購入する人も割と多いと聞く為――所謂ジャケ買いという奴だ――本棚に押し込まれた本達はあまり手に取って貰えないのだろう。本棚に詰め込まれたものは、背表紙が色褪せていたりシュリンクが破れていたりするものが複数あった。本が好きな人間からすると、悲しい光景である。
私は基本的に表紙デザインや絵柄よりもストーリーを重視する為、平積みされたものよりも本棚に詰められた漫画を重点的に見て回った。
「……」
漫画コーナーのすぐ近くにある、料理本コーナー。
周囲に白川が居ない事を確認してから、そっと料理本コーナーへと足を向けた。
どれだけ料理の腕が上がっても、満足する事は無い。寧ろ、腕が上がれば上がる程、料理への関心は上がっていく。
ふと〝男性が喜ぶ味付け料理 全集〟と背表紙に書かれた本が目に留まり、その本を本棚から抜き取った。パラパラとページを捲り、書かれたレシピに目を走らせる。
さば味噌、唐揚げ、ハンバーグ、肉じゃが、ガーリックチャーハン、等。なんだ、どれもオーソドックスな料理ばかりじゃないか、なんて思うも、調味料や作り方を見てみればアレンジが施されていて、男性好みの味付けに工夫されている様だった。
この本は、是非じっくりと読んでみたい。白川が帰った後の、一人の時間にでも読むとしよう。数冊持っていた漫画と共に、その本を胸に抱えた。
「――遠海、本決まった?」
丁度タイミングが良く、小説コーナーから白川が戻ってきた。その手には数冊の小説が持たれていて、彼はすっかり読書好きになってしまったのだと実感する。夏には、紙の本は読まないなんて言っていたのに。
彼の問いに頷くと、白川の視線が私の胸に抱えられた本に落ちた。
料理本――特に男性好みの味付けの料理が乗った本を選んでいるなんて絶対に知られたくはない。さりげなく体を捻って、抱えた本を隠す。しかし、私が立っているのは料理本コーナーの前。
「料理、もう充分上手いじゃん」
呆気なく、料理本を物色していたのがバレてしまった。
「もうハンバーグも焦がさなくなったし」
〈黒歴史を蒸し返すな〉
流石に外で、タブレットで筆談はしない。最近では、白川に教わってインストールしたSNS型メッセージアプリで白川にメッセージを送り、会話をしている。
私が選んだ本がどんな本か、というのには興味が無かったのか、将又家にあるものと何ら変わりない料理本だと思い込んだのか白川はスマホに視線を落としたままで、もう私の腕に抱えられた本に目を向ける事は無かった。
「あのハンバーグがあったから今があるのに」
〈私にとってあのハンバーグは一生の恥だ〉
「恥、ねぇ。可愛いと思うけど」
可愛いって、なんだよ。
最近、白川は時々〝可愛い〟なんて言葉を私に使う。それも、今の様に全く嬉しくない時にだ。可愛いと言われて悪い気はしないが、言うならばもっと他の所を褒めて欲しいものである。
いや、事実料理を作れば「美味しい」「料理上手くなったな」と毎度褒めてくれるし、勉強を教えてみれば「教えるのが上手い」「分かり易い」なんて言ってくれるし、新しい服の一着でも買えば「似合ってる」と言ってくれるのだが、黒歴史を可愛いと言われたい訳では無い。私にとってあのハンバーグは一生の恥なのだ。どれだけ可愛いと言われようがその気持ちは変わらない。
白川をじとりとした目で暫し見つめた後、スマホをスカートのポケットに押し込みレジの方へを足を向けた。
「そんなに怒んなくても」
別に怒ってない。
そう言いたくても、スマホはポケットの中だ。わざわざ出すのも面倒に思い、彼の言葉を無視してレジの最後尾に並んだ。
*