六時限目とHRが終わり、部活動が始まる前の煩雑とした職員室。人の出入りが激しい、嫌な時間だ。
 二週間に一度の頻度で、私は担任の来栖先生に呼び出される。生徒指導、などといった堅苦しいものでは無く、来栖先生曰くただの雑談と近況報告だ。
 とはいえ、足に障害を持ち、声も出せず筆談をする生徒など学校側からすれば問題児でしかないだろう。前に一度、教頭から私の話をされている来栖先生の姿を見かけた事があった。決して私を問題児だと言った訳でも、来栖先生が叱責されている訳でも無かったが、その場の空気は穏やかでは無かった。
 タブレットとペンだけを手に、職員室の扉をノックする。そしてゆっくりと様子を伺いつつ扉を開くと、冷房特有の埃っぽいにおいと冷たい空気が蒸し暑い廊下に漏れ出た。

「あ、遠海さん、こっち!」

 職員室の窓際、いつもの席に座る来栖先生が頭上で大きく手を振る。
 周囲の先生が一気に来栖先生に視線を向けるが、彼女は一切気にしていない様だ。僅かに気まずさを感じながらもその場で小さく頭を下げ、いそいそと来栖先生の席まで足を運ぶ。

「いつもごめんね。此処まで来るの大変でしょう」

 来栖先生は相変わらず、ふわふわとした声をしている。表情も柔らかく、比較的会話がしやすい先生だ。しかしこの〝雑談と近況報告〟は、私にとっては決して好ましいものでは無かった。早く回復しろと、催促されている気分になるのだ。

 事前に開いておいたアプリに返事を書き、来栖先生にタブレットを見せる。
〈教室から遠くないので、大丈夫です〉

「あらそう? 足はまだ痛いの? リハビリの先生はなんて?」

〈痛みは相変わらずです。先生からも、特に変わった事は言われていません〉

 毎回似たり寄ったりな私の返答に、来栖先生が困惑した表情を浮べる。彼女から見た私は、扱いづらい生徒なのだろうな。そんな事がひしひしと伝わってくる。
 しかし、これ以外に言う事が無い。たったの二週間で足の痛みが回復する事は無いし、リハビリの先生とだって、毎度細かな話をしている訳でも無い。

「そういえば、白川くんが編入してきてもう一ヶ月が経つけれど、遠海さん、彼と仲良くなったのね」

 唐突に白川の名を出され、鼓動がどきりと跳ね上がる。

〈別に、仲良くは無いです〉

「そうなの? でも毎日一緒に居るじゃない」

〈それは、彼が一方的に付き纏ってくるだけで〉

「それを、仲が良いと言うんじゃない?」

「……」

 黙り込んだ私に、来栖先生は「ね?」と言って朗らかに笑った。