学校から帰宅し、のろのろと家の中に入っていく。脱いだ靴下を洗濯機に放り込み、リビングのソファに鞄を投げた。
 狭い部屋の隅に置かれた、小さな仏壇。その前に置かれた紺色の座布団の上に座り、お鈴を鳴らし手を合わせる。

 ――お母さん、お父さん、ただいま。
 今日は編入生が来ました。名前も見た目も、白雪姫の様な男の子です。学年中では「白雪姫が編入してきたらしい」なんて噂が立っているそうです。「よろしくしたくないけど、一応よろしく」なんて変な自己紹介をしたにも関わらず、私には妙に話し掛けてくる頻度が高い気がして不思議に思います――

 毎日おこなう、その日あった事の報告。此処に、両親は居ない。故に、こうして伝えた所で両親には届かない。そう分かっていても、日課となってしまった為になんとなくやめられない。
 瞳を開き、ぼんやりと仏壇を眺める。仏壇に、両親の写真は無い。母が生前お坊さんに「仏壇に写真を飾るのは良くない」と言われたらしく、父の写真は元々飾られていなかった。その為、母が亡くなった今も私は母の写真を飾っていない。
 写真を飾るのが良くない理由とは、なんだっただろうか。確か、霊が生前の写真を見てこの世に未練が残ってしまう、とか、遺族が写真を見る事で悲しみを引き摺ってしまい、霊が成仏できなくなる、とかだった様な気がするが、詳しくは覚えていない。
 写真も何もない仏壇を眺めながら、思考を巡らす。
 母は、童話が好きだった。その中でも特に人魚姫が好きだったと記憶している。どうしてあれ程哀れで悲しい話が好きなのか分からなくて、もっと素敵な、ハッピーエンドを好きになればいいのにと母に言い続けていた。その時、母は私になんと答えたのだったか。重要な事のはずなのに、思い出せない。だがそれでも、哀れな人魚姫の様になってしまった今の私にとっては、母が人魚姫を特別好いていた事だけが唯一の救いとなっていた。
 痛む足を庇いながら、ゆっくりとその場に立ち上がる。夕飯までまだ時間がある為、今のうちに課題を終わらせてしまいたいが、今日は学校で読書が出来なかったから読書をしたい気分だ。
 天井まで届く大きな棚に、ぎっしりと詰め込まれた小説達。文庫本やハードカバー、サイズは様々だ。ジャンルに拘りは無い。重視しているのは、ジャンルよりも著者だった。