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 二月末。
 冷たい冬の雨が轟々と降りしきる夜、私は父に殴られた。

 いつものように、彼女さんが自宅に訪れた日だった。
 顔を合わせたくなくて早々に『出かけてくる』と伝えたら、日頃から耐えかねていた面もあったのか、父は声を荒らげて止めてきた。

『高校生が夜中にどこへ行くつもりだ』
『こんな大雨の日にまで行かなきゃいけない場所なのか』

 近頃めっきり聞かなくなっていた父の荒れた声に、恐怖よりも先に感じたのは猛烈な苛立ちだ。

 ……うるさい。うるさいうるさい、うるさい。
 あんたたちに会いたくないからだろうが。反吐が出る、自分の娘よりも恋人のことばかり考えて舞い上がって、勉強中に浮かれた声を聞かされる身にもなってみろ。

「うるさいな……っ、あんたらと同じことしてるだけでしょ!!」

 叫ぶや否や、父の顔が真っ赤に染まったさまを見て取った。
 大きく振り上げられた手が見え、場違いにも笑ってしまいそうになる。父の腕に縋りついた彼女さんが涙目で止めに入る様子を横目に、とうとう私は声をあげて笑い出してしまった。

 いいよもう。どうせ私、もうすぐここ、出てくんだし。
 東京に進学するって伝えたとき、誰より安心してたのはあんたでしょ。

 鈍い痛みが頬を走り、それは瞬く間に頭の中を引っ掻き回し始める。
 殴られたのは生まれて初めてだった。私を引っ叩いた手を押さえながら、泣きそうな顔をしている父親が見える。
 馬鹿みたいだ。そんなに痛いなら、最初から殴らなければ良かっただけの話。

「……最低」

 最低だよ。
 あんたらも、私も、皆。

 興奮も苛立ちもやるせなさもそのままに、私は家を飛び出した。
 公園まで走る間、雨に溶けてぐしゃぐしゃになったシャーベット状の雪が無駄に滑り、すぐにうまく足を動かせなくなる。コートも羽織らず衝動的に家を出た私は、簡単に身動きが取れなくなって……寒くて仕方なかった。

 白塗りのベンチの前にうずくまって携帯を手に取り、ある番号が表示されたところで、震える指を無理やり止める。
 通話ボタンを押そうとしたそのとき、こちら側に近寄ってくる焦ったような足音が鼓膜を叩いた。