ふふっと楽し気に笑う椿さんの様子に「まぁ!」と目を細める撫子さん。
久しぶりの母娘(おやこ)水入らずの再会に私がいて良いものかと少し気を遣ってしまう。
そんな気配を察したのか、撫子さんが私に向かって
「葵さんは出身はどちらなの?」
と質問をしてくれたのだが…。
「あ、私は…その」
出生の話に関してはどう答えて良いものかわからず口ごもってしまう。
「お母様、葵ちゃん。実は、記憶がないんですって…。菖蒲寺の麓にある村の畑で倒れている所を助けてもらったそうなの」
私を気遣って、椿さんが代わりに答えてくれた。
しかし、"菖蒲寺"というワードに一瞬、撫子さんの表情が険しくなる。
「椿、菖蒲寺にもう行かない約束は守っているのよね…?」
先程までの柔らかな雰囲気が消え、抑揚のない言葉かけに私は思わずドキッとしてしまった。
「…はい。ちゃんと守っています。心配しないで、お母様」
「そう。それならいいのよ…。それにしても、葵さんも大変だったのね。椿もあなたのことを気に入っているみたいだし、家でゆっくりと過ごしていってね」
その後は、優しい雰囲気に戻った撫子さんと楽しく色々な話に花を咲かせた。
椿さんの双子の妹、百合さんの話にも少し触れることができて「百合が帰ってきてくれたみたいだわ」と嬉しそうに目を細めた撫子さん。
ただ1つ、彼女の前で"菖蒲寺"の話はご法度なのだと本能的に理解した日となった。