「椿さん、奥様がお戻りになりました…!」
顔を覗かせたのは笑顔の泰葉さん。
椿さんのお母さんが帰ってきたことをわざわざ知らせに来てれたようだ。
「…本当に!?葵ちゃん、行きましょう」
パァッと表情を明るく立ち上がった椿さんに促され、私はコクリと頷いて腰を上げる。
「もう奥様は、お部屋の方に行かれてますからね。旦那様もすぐに来るそうですよ。私は店番に戻るので、ゆっくりお話されてくださいな」
「泰葉さんありがとう。葵ちゃん、お母様の部屋はこっちよ」
声の感じからも、椿さんがソワソワとしている様子が伝わってきた。
廊下を進む足も若干、速歩きになっているし、相当楽しみだったのだろう。
桜子お祖母ちゃんが産まれる前に病気で亡くなったと、いつだったか聞いたことはあったけれど、彼女の写真は残っておらず、顔も知らない。
椿さんのお母さん…どんな人なんだろう。
パタパタと廊下を進む椿さんの背中を追いかけながら、私は1人そんなことを考えていたのだった。
私や椿さんの部屋がある母屋から、少し離れた一角に椿さんの母親、撫子さんの部屋はあった。
部屋が近づくにつれ、椿さんの足取りは徐々に緩やかになる。どうやら少し緊張しているようだ。
そして、とある部屋の前で立ち止まり、ひと呼吸つく。
そして。
「お母様…!お帰りなさいませ」
サッと障子を開き、声をかけた。