そして、翌日の早朝。
菊雄さんは約束通り、幸枝ちゃんの家に再度やって来た。
「葵さん、椿には昨日私から上手く話をしてある。あとは合わせてくれたら大丈夫だから。迷惑をかけるけれどよろしく頼む」
「はい…こちらこそ、よろしくお願いします」
私は菊雄さんに向かって会釈をすると、幸枝ちゃん達に向き直る。
「葵ちゃん、元気でな。私も町に行く時は会いに行くから…」
少しだけ涙ぐんだ様子の幸枝ちゃんにつられて、私もうるっと涙腺が緩んだ。
けど、永遠の別れじゃない。
また必ず会えるから今日は笑顔でお礼を言うと決めていた私は小さく笑みを浮かべる。
「幸枝ちゃん、お願いがあるの。これ…」
そう言って、私が差し出したのは椿お祖母ちゃんの日記帳。
「これは…?」
「私の大事なもの。幸枝ちゃんに預かっていてもらいたくて」
菖蒲さんへの手紙は持っていくことにしたけど、なぜだかこの日記人は幸枝ちゃんに持っておいてもらいたいと思った。
「…わかった!私が大事に預かっとくわ!だから、またこっちにも顔出しに来てな」
「うん、ありがとう…!」
私が手渡した日記帳をギュッと胸に抱え、「まかせて」と嬉しそうに微笑んだ彼女を見つめて私も自然と笑顔になる。
「…それじゃ幸枝ちゃん、お父さんもお母さんも、お元気で!」
最後にそれだけ言い残し、私は車に乗り込んだ。
車が発進し、少しずつ遠ざかっていく景色に私は目を細める。
ほんの少しの間だったけれど、まるで故郷から去っていくような寂しさを感じていた。