今、つばき…って言った?
やや低めの綺麗な声。
その声が"つばき"と呟いたのを私は確かに聞いた。
「わぁ…。びっくりしたわ〜。あんなに強い風吹くなんてなぁ。葵ちゃん大丈夫やった?」
隣にいた幸枝ちゃんがおそるおそる顔を上げ、目を丸くしている。
「大丈夫。それより幸枝ちゃん、今…声聞こえなかった??男の人の…」
「声…?風の音が強くてなんも聞こえへんかったけど…」
キョトンとした様子の彼女は嘘をついているようには見えない。
あんなにハッキリと私の耳には届いていたのに、幸枝ちゃんには聞こえていなかった…?
「葵ちゃん、大丈夫…?」
戸惑う私を心配そうに見つめる幸枝ちやんに「ごめん、気の所為だったみたい…!」と笑顔で返す。
幸枝ちゃんを怖がらせてもいけないと、とっさに口から出た嘘だった。
「そっか。気の所為ならええけど。もしかしたら、風の音がそういう風に聞こえたのかもしれへんね」
「あはは…。そうかも」
その後、私達は菖蒲神社を訪れてみたものの、なぜかさっきまで感じていた違和感や気がかりはこつ然と消えてしまい…。
ひと通り神社内を見回ってみたが、特に何かピンとくるものはなかった。