「記憶がないやって…?」
「…はい。正確には名前以外の…ですけど」
目を見開いた住職に、私はそう付け加えた。
「そりゃまた難儀な…。椿お嬢さんのことは?」
「えっと…椿って名前になんだか聞き覚えがあるような気がして…」
俯きつつ、答えた私の言葉に住職は小さく頷く。
「ふむ。確かに君は椿お嬢さんによく似ているし…もしかして縁のある間柄なのかもしれんな。ま、ひとまずお茶でも飲みながら話そうか。2人共こっちにおいで」
住職は先程の怪訝な表情から打って変わって、優しく微笑むと私と幸枝ちゃんを客間へと促したのだったーー。
✼•✼•✼
「それでは話の続きをしようか。椿お嬢さんの家は大きな商家やし、町に行けばすぐにわかる。あと、葵ちゃんがさっき言うとった"菖蒲さん"は申し訳ないが聞いたことないな」
私と幸枝ちゃんにお茶を入れてくれた住職は、座布団に座るや否や、そう口を開いた。
「…っ。ねぇ、住職さんは記憶の戻し方とか知らへんの?葵ちゃん、家族のこともどこから来たのかも覚えてなくって…」
すかさず住職に向かって幸枝ちゃんが問いかける。
「悪いがこればっかりは専門家でもないからなぁ…」